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偽善者と開かれる新世界 九月目

偽善者と四回戦

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 日程も残すところあと二日となり、闘技場の周りには、かなりの立ち見客が増えるようになる。
 ……まあ、客が増えようと席は変わらないからな。
 何処かのお偉い様はそれでも中に入れるらしいが、少なくとも身分を偽ったままの俺では無理だろう。


「このお祭りもあと二日、さぁさぁその間だけしか食べられない、このカツサンドを食っていきなー! カツサンドの店は他にもできてきたが、この味を食べれるのは今日だけにしておくぞ! 俺も明日は、色々と忙しいからな!」


 会場には関係者が幾人かいるので、観るだけならば困ることは無い。
 なので、今日もまたカツサンドを売り捌く一日を過ごす。
 今日追加したソースは、和風やネギ塩ダレなどだ。
 うん、日本的な感じの物を増やしてみた。

 するとまあ、カツサンダー(毎日買いに来ようとする奴のこと)がそれを試しに買い、更に宣伝までしていってくれる。
 そのため新規の客がそれを見て、一度購入して虜になる。
 そんな様子をまた別の奴が見て……と無限ループとかインフレスパイラルとか、関係ない単語が浮かんできそうな展開になった。


「――へい、和風カツサンドおまち!」

『わー、これだよこれ! これを待っていたよ! ありがとう!』


 今もまた、どこからか現れたみすぼらしい格好をした子供にカツサンドを売った。
 それと同時にあるものを仕込ませてもらったので、子供の格好もその内好い物に変わるであろう。

 偽善、今更というか何度目というか……かなり提示している議題ではあるが、本来の偽善とは本心や良心からではない外面の善い行為や隠れた悪事を行うための善行である。
 俺自身は偽善がやりたいと思っているのは本心であり、悪事を行うために善行をしているつもりもない。
 そう言った意味では、俺のやっていることは偽善ではないのだろうか。

(ま、どうでも良いんだけどな)

 難しい理屈なんて、【怠惰】に生きている俺にはどうでもいい。
 全ての人間が持っている一般的な偽善の定義など、【傲慢】にスルーで充分だ。
 ただ【救恤】したいだけで、ただ【慈愛】に満ちた行動がしたいだけで……それ以外の理由なんて必要ないだろう。


《……それって本心?》

「(さぁな、本当の心かなんてもう考えるのは止めたよ。例え歪んでいたって、その行動で誰かが救われるなら……きっとそれは、本心だったんじゃないか?)」

《意味が分からない》


 うん、適当に考えもせずに言ったからな。俺もワケが分からん。
 (少なくともAFOを始める前の)俺という人間は、ある意味で頭と口が直結しているような考え無しだった。
 空気が読めないKY、と似たようなものか。
 言わなくても良いようなタイミングで口が滑り、必ずと言って良い程に相手の機嫌を下げる。
 その結果かなり疎まれたのだが……まあ、今は置いておこう。


《それって、メルスがやる必要があるの?》

「(いや、別に。どうせ主人公ポジションの奴がやるだろうし……。やりたいようにやるとしたら、偽善がしたいなーと思っただけだからな)」

《……やっぱり分からない。メルスの本心は全然》

「(いつも視てくれるのは嬉しいんだが、さすがにミシェルでも分からないだろ。あくまで俺の中の話なんだしな)」

《だからこそ、視ようとしてるの。これから先、絶対に必要になるから》

「(俺はあんまり気にしていないからな、あんまりミシェルが悩むことでも無いぞ。分かるなら分かるでありがたいけど、みんながみんなで異なる方法でやって分からないんだし)」

《それでも。せめて、何かしないと……》


 彼女なりに、恩義でも感じてくれているのだろうか。
 ミシェルは、少し重い声で深刻そうに言ってきた。
 いやはや、シリアスムードは苦手なんだけどな。


SIDE スー
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


『準決勝、最後の闘いが今始まる!
 今回の対戦カードは――
 女性からの声援が篤い、まさに女性の理想の体現。今日も華麗な剣捌きで魅せてくれるでしょう、『貴公子』!
 前回は巨大な土人形を使って勝利、果たして今度は一体何をするんだ、『譎詭変幻』!
 決勝で『物真似』と闘うのは、どちらになるのか――自分の目で確かめろ!!』


 メルスの代わりに参加したけど――。


「……眠い」

《先輩、頑張ってね》

「……うん、分かってる」


 眠くて眠くて仕方が無い。
 瞼は私を夢の世界に誘うように重くしていくし、体も思うように動かない。
 グーに起こしてもらっているけど、それでも少しずつ、視界が狭くなっている。


《先輩、キツイなら解除しても構わないと思うよ》

「……メルスのため、やり抜く」

《先輩がそうするなら、僕も止めない。だけど、本当の危なくなったらマスターに念話するからね》

「……分かった」


 本当は嫌だけど、メルスに心配を掛けたらやっている意味が無い。
 仕方が無いことだと思うことにしよう。

 私にできるのは――少しでも早く、相手を倒すことだけ。


SIDE OUT
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 それから暫くして、カツサンド屋の営業を止めた。
 今は、ミシェルと一緒に街を散策中だ。


「おっ、スーが勝ったみたいだな。まさかアイツがここまで上ってくるとは……俺としては、そこに驚いたよ」

『…………』

「でもまさか、逃げられないように結界を生成して、それごと外に出すとは良い発想だよな。これなら直ぐに決着がつく」

『…………』

「なぁ、キスしちゃうぞ~。嫌なら反応してくれよ~」

『…………』

「……ちょいと失礼して」


 あれから全く反応してくれないミシェルの額に、優しく唇を当てる。
 すると、ミシェルは今俺に気付いたみたいな反応をして、後ろに飛び退いた。
 うん、良い反応だな。

『な、何をするの!? そ、そんな突然!』

「いいか、俺は恩返しなんて求めていない」

『……で、でもっ』

「恩が欲しくて<封印>を外したワケでも、眷属にしたワケでも無い。ただ、俺がやりたいからやったんだ。<封印>を外せばミシェルがあそこで縛られることは無くなるし、眷属になれば……あ、そっちの説明は難しいな」

『……そこは、考えて欲しかった』


 ゴメンな、俺は考えなしだからさ。


「眷属は家族って考えを元にすると、俺のその行為は家族を増やすためにやっているってことになるからな。なんか、複雑な気分になるんだよ」

『うん、確かに後でゆっくり考えたらどうかと思った』

「ま、まぁそこら辺はスルーしてくれ。とにかく、俺とミシェルは対等な家族なんだ。俺なんかのことで深く考えないでくれ」

『で、でも! それだとメルスは……あっ』


 ミシェルの頭に手を乗せて、ゆっくりと髪が乱れないように撫でていく。
 彼女はまだまだ若い、なのに今からそんな風に悩む必要は無いんだ。
 そういうことは、俺だけが適当に考えていれば良い。
 ――既に武力では敵わなくなったが、それでも支え尽くせる自分でありたいな。


「ミシェル、一緒にデートを楽しんでくれ。それが俺の、心からの願いなんだ」

『…………うん』


 うん、帰るまでの予定が決まったな。
 少し明るくなったミシェルと共に、再び街の中を練り歩いていった。

 ……あ、スーへのご褒美も訊かないとな。


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