510 / 2,519
偽善者と開かれる新世界 九月目
偽善者とウーヌム緊急依頼 後篇
しおりを挟む彼女達が辿り着いたのは、森にできた広場のような場所であった。
サークル上に木が広がり、中心は少々泥に塗れている。
上から光が降り注ぎ、泥さえどうにかすれば正に癒しのスポットと言えたであろう。
闇泥狼たちがここに居たとするならば、安住の地に住めたと言えたのだ……が、今この地を支配しているのは別の存在だ。
KYEEEEEEE!!
『あれは……ヌートリアか!』
ヌートリア、地球にも存在するカピバラに似た動物である。
人の指も噛み千切れるオレンジ色の歯や、鋭い鞭のようなしなやかな尻尾等……外来種指定された動物なんだが――。
KYEEEEEE!!
……うん、全然可愛くない。
アレがカピバラであっても可愛くない。
大きくなるとやっぱり可愛さが下がるんだよな。
逆に、サイズが小さくなってくれれば可愛いと思うんだが……。
歯は強力な程に鋭く、尻尾は振るわれる毎に空気を切り裂くような音が聞こえてくる。
おまけに両目は真っ赤に光ってるし……凄く怖いわ!!
『メルちゃん……さすがに怖いですよね』
「(う、うん。小さくなれば可愛いと思うんだけどね)」
『ええ、わたしもさすがにあの大きさは少し無理ですね』
The・女子であるクラーレがそう言うのならば、女子としての今の俺の感性は間違っていないみたいだな。
……うん、普通に怖い。
あんなに目が爛々としている動物に、俺は可愛いという感想は持てないんだよ。
そして、だからこそ俺はモテないんだよ。
『お前たち、気を付けろよ。確かにヌートリアは元々危険な魔物だ。だが、自分からは攻撃しない筈だった。それなのに、今はああして臨戦体勢に既になっている。……何かが起きてやがるな、この湿地帯で』
ギルドマスターは、そう周囲の者に警戒を促している。
へぇ、パッシブの魔物だったんだな。
それが何故かアクティブに……うん、変異種とかそういう展開な気がしてきた。
実は改造されたとか、瘴気を吸い過ぎたとか、そんな感じじゃね?
実際、瘴気を用いた実験は文献にも幾つか残されていた(禁書)。
――人の身や魔物に濃い瘴気を流し、強制的に狂化させる実験。
その結果は、どれもかれもが失敗だった。 偶に成功したと記されていたこともあったが、自我が崩壊していたみたいなので、ほぼ失敗だと俺は認定したな。
まぁ、その文献によると、瘴気で狂った存在は瞳が紅くなるだの巨大化するだのと書かれていたんだよ……正にこれだな。
「(ますたー、多分浄化が効くよ)」
『そうなんですか? ……やってみます』
俺がそんな考察をしている間に、戦闘の幕は切って落とされていた。
近接攻撃をする者たちは前に進み出て、中距離や遠距離で戦闘する者達は魔法を詠唱したり矢を射っていたりする。
クラーレもまた、シガンたちに補助魔法を掛けてサポートをしていた。
俺が助言を教えるとそれに従い、浄化系の魔法を使ってくれる。
すると――。
KUKYAAAAAAAAA!!
今までと違う声(悲鳴だな)を上げて叫び出すヌートリア。
それは俺に予想の的中を意味し、同時にこの戦闘の面倒臭さを俺に予感させる。
瘴気に憑りつかれた魔物はさ、最後に暴れ出すらしいのよ。
ほら、理性なんて元々無い魔物もいるんだから、簡単に自身の身を瘴気の力に委ねちゃうんだよ。
『本当に効きましたけど……メルちゃん、あのヌートリアから怪しい煙みたいなのがでてきましたよ』
「(瘴気だね。ますたーは隙があったらみんなに浄化効果を付与する魔法を使って。そうすればみんなの戦闘力もアップだよ)」
『分かりました』
彼女が魔法を唱えると、シガンたちに白い光が纏わり付く。
まぁ、破邪効果を付与しただけだけどな。
俺はその間に、戦闘を傍観する。
今回俺の出番はないだろうし、なにせアイツがいるからな――。
『――――――!!』
主人公君はクラーレが付与をした光以上の輝きを、剣に纏わせて戦っている。
ヌートリアもそれには必死に抗い、どうにか当たらないように四苦八苦している。
さすが主人公(候補)、自前で浄化効果付きの何かを所持しているとは。
解析はしているのだが、【勇者】の能力では無いということしか分かっていない。
……これが実は主人公補正とかいうヤツであるならば、解析のしようが無いよな。
「(ますたー、ヌートリアが暴れ出したら隙を見つけてみんなには下がってもらった方がいいよ。多分、あの人が全部解決するから)」
『そうなのですか?』
「(運命に愛されるって展開を、私は観たいんだよー)」
『運命……ですか。分かりました』
えっと……運命に思い当たることでもあるのか?
俺の疑問には気付かずに、クラーレは早速パーティーチャットで仲間に呼び掛ける。
GYIGYIGYEEEEEEEEEEEE!!
そして、命の危険からか瘴気に身を委ねたヌートリアが暴走を始める。
プレイヤーたちはこれが最後っ屁だと理解しているのため、時間の掛かる武技や魔法を放って、自分で止めを刺そうとする――が。
GHIGHIGHIEEEEEEEEE!!
再び変な鳴き声になったヌートリアは、彼らの全力を瘴気で呑み込み無効化する。
そして、更に体を膨れ上がらせて暴れ回っていく。
……この隙に、一度だけダメージを激減させる魔法を彼女たちに掛けて、後ろへと後退してもらった。
クラーレの回復が即座に入り、死に戻りした仲間は一人もいない。
……うん、完璧な展開だな。
そして、狂ったヌートリアの前に強者は、既にギルドマスターと主人公君しかいない。
主人公君はギルドマスターに時間稼ぎをお願いして、自分は何やら集中し始める。
「(ほらほらますたー、見てみて! 絶対に必殺技を出す展開だよ!)」
『フフッ、メルちゃんってそういうのが好きなんですか?』
「(ううん、私は強いのが好きなんだよ。見れば真似できるからね)」
『…………ズルくないですか?』
「(あ、後でますたーでも再現できるようにしておくからね)」
『い、いえいえ、それはシガンに譲りますので、わたしは遠慮しておきます』
『私も嫌よ、アイツの技なんて』
おっと、いきなり双方に否定された!
主人公君、ここに君のハーレムは無いみたいだね。
現在、主人公君は両手で握った剣を上に掲げて、何やらブツブツと唱えている。
するとだんだんと空から光が降り注いで、彼の剣へとその光が集まっていく。
白い光は徐々に彼の体にも届いていき、最後には彼の体そのものが眩しく輝いていた。
『――――、――――――――――!!』
何かを言うとギルドマスターが下がり、主人公君が前へと進み出る。
そして、剣を横一閃に払い……ヌートリアが倒される。
『メルちゃん、依頼終了ですね。今、クエストボードにそう出ました』
「(うん、これで一件落着だね)」
さて、ここからは解析の仕事でスケジュールが潰されるな。
そんな予感を抱きつつ、俺はクラーレにそう答えた。
0
お気に入りに追加
516
あなたにおすすめの小説
World of Fantasia
神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。
世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。
圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。
そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。
現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。
2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。
世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。
パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。
荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品
あらすじ
勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。
しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。
道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。
そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。
追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。
成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。
ヒロインは6話から登場します。
特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。
食うために軍人になりました。
KBT
ファンタジー
ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。
しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。
このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。
そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。
父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。
それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。
両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。
軍と言っても、のどかな田舎の軍。
リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。
おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。
その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。
生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。
剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる