上 下
501 / 2,519
偽善者と開かれる新世界 九月目

偽善者なしの【未来先撃】 前篇

しおりを挟む


『さて、ますたー。もうこれでおしまい?』


 少女は先程と変わらない様子で、わたしたちにそう問い掛けます。

 ……本当に、一人で倒してしまいました。
 少女は掠り傷一つ付けずに、闇泥狼王を圧倒する実力を持っていました。
 それはプレイヤーの中でも極僅か、限られた者にしかできないことです。

 ――そしてそれは、この場にも一人存在していました。


『……貴女、名前はなんて言うの?』

『ん? ……メルだよ』

『そう。ならメル、貴女はどういった存在なのかしら?』


 シガンは少女の元へと向かい、見下ろすように少女へと質問します――剣に手を掛けた状態で。


『どういった、と言われても……私は、ますたーの召喚に応じただけの存在だよ』

『つまり、召喚獣ということ?』

『ううん、ちょっと違うよ。だけど、そのことをお姉さんに言う必要は無いよね?』

『……そう。なら、力尽くで教えてもらうわよ!』


 シガンは剣を抜き、少女――メルちゃんへと振り下ろします。

 目にも止まらない速さで、メルちゃんの細い首を狩るために動いた剣は――ピタッと動きを止めました。


『……ふーん。お姉さんは何を訊きたいのかなー? 教えられることなら、教えてあげたいけど』

『なら、全てを吐きなさい』

『アハハ。ごめんなさい、例えますたー相手でも教えられないことを、侵蝕されてるお姉さんに教えられないよ』


 メルちゃんは二本の指で剣を抑えて、そのままシガンと会話を続けます。
 ……絶対に、その見た目のままの存在じゃありませんね。


『……ってメルちゃん。侵蝕って何なの?』

『えっと……【固有】の能力に自分の精神を変質? されていることだよ。みんなの中だと……お姉さんしか持っていないみたいだけど、誰か知り合いに持っている人がいるなら気を付けた方がイイよ。だって、段々とその能力に関係した性格になっちゃうからね』

『『『『「……ッ!?」』』』』


 そんな情報、聞いたことがありません!
 【固有】スキルがそんな力を……確かに、それならシガンの変化にも納得が付きます。

 ですが、それはわたしの願望とも思えてしまいます。
 話が上手過ぎて、それを信じることができません。

 ――本当に、それはスキルの所為だったのでしょうか?

 わたしが頭の中でそのことを考え続けていると、メルちゃんが――。

『ますたー、自分を信じて』

「メル……ちゃん?」

『ますたーがそれを信じないで、誰がそれを信じるの? ますたーが信じることなら、私もそれを信じるよ。だから……諦めないで』

 メルちゃんは、未だにシガンの剣を抑え付けた状態でそう言います。
 シガンもメルちゃんから離れようと抵抗をしますが、メルちゃんが使ったと思われる土の縄が彼女を縛り、動けていません。

 そう……ですよね。
 わたしが諦めたら、誰がシガンを信じるのでしょうか。


「メルちゃん、シガンを……元に戻すことはできますか?」

『それが……ますたーの望む正しいこと?』


 メルちゃんの瞳が、今までと違った剣呑な輝きを見せます。
 本当ならわたしを脅そうとしているみたいですけど……見た目が可愛いので、全く怖くありませんね。

 笑ってしまいそうな顔を誤魔化しながら、メルちゃんへと答えます。


「はい、メルちゃん。お願いします」

『…………うーん、分かったよ。ますたー、だけど……少し失敗しても、許してね』

「え!? 失敗って――」


 メルちゃんはそう言って、シガンを思いっきり蹴り飛ばします。
 土の縄はその衝撃と千切れ、シガンは反対側の壁にめり込みました。

 煙が大量にモクモクと立ち昇り、シガンの姿が見えなくなります。


『め、メルちゃんって何者なのかな?』
『う~ん、メルちゃんはメルちゃん~ってことで良いんじゃないかな~?』
『色々と知らないことを知ってるし、ちゃんと訊いてみたいことがいっぱいあるよ』
『……可愛いな』


 みんなの感想はそのようなものでした……ディオンは感想が変わっていませんね。

 メルちゃんは剣を抜――かずに、何も無い空間に手を伸ばします。


『取り敢えずは……"縛れ、グレイプニル"。あれ? 失敗した』

『……ハァ、ハァ。2、1、0』


 そこから飛び出した鎖がシガンの元へと向かっていきましたが――鎖は煙の中で、突然弾かれて戻ってきます。

 シガンが【固有】スキルを発動し、鎖へと対処したのでしょう。
 その証拠として、今もカウントダウンをしています。


「メルちゃん、シガンは『だいじょうぶ』……メルちゃん?」

『信じて、ますたー』


 戻って来た鎖を宙へと仕舞い、メルちゃんは再び二本の剣を抜きます。

 煙は未だに晴れず、むしろ増えているように見えます。
 (煙魔法)も習得しているシガンが、恐らく身と溜めておいた斬撃を隠すために、魔法で煙を発生させているのでしょう。
 既に辺り一面が、白い煙に包まれます。

 その中をメルちゃんは、ただただ双剣を握り締めて歩いていきます。

 ブンッ カキンッ

 煙に入ろうとしたメルちゃんが、突然剣を振るいます。
 すると、剣と剣がぶつかった時のような音が鳴ります。

 キンッ キキキカキンッ カカカキキンッ

 その音は、メルちゃんが進んでいくにつれて激しくなっていき……既にメルちゃんの姿が見えないわたしたちには、その音を聞くでしか状況を把握する術がありません。

 キーンッ!

 最も甲高い音が鳴り、それ以降は沈黙がこの場を支配します。
 煙はサーッと晴れ、少しずつ視界には人の姿が捉えられるようになってきました。

 そして、煙の先には――。


しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

パーティ追放が進化の条件?! チートジョブ『道化師』からの成り上がり。

荒井竜馬
ファンタジー
『第16回ファンタジー小説大賞』奨励賞受賞作品 あらすじ  勢いが凄いと話題のS級パーティ『黒龍の牙』。そのパーティに所属していた『道化師見習い』のアイクは突然パーティを追放されてしまう。  しかし、『道化師見習い』の進化条件がパーティから独立をすることだったアイクは、『道化師見習い』から『道化師』に進化する。  道化師としてのジョブを手に入れたアイクは、高いステータスと新たなスキルも手に入れた。  そして、見習いから独立したアイクの元には助手という女の子が現れたり、使い魔と契約をしたりして多くのクエストをこなしていくことに。  追放されて良かった。思わずそう思ってしまうような世界がアイクを待っていた。  成り上がりとざまぁ、後は異世界で少しゆっくりと。そんなファンタジー小説。  ヒロインは6話から登場します。

World of Fantasia

神代 コウ
ファンタジー
ゲームでファンタジーをするのではなく、人がファンタジーできる世界、それがWorld of Fantasia(ワールド オブ ファンタジア)通称WoF。 世界のアクティブユーザー数が3000万人を超える人気VR MMO RPG。 圧倒的な自由度と多彩なクラス、そして成長し続けるNPC達のAI技術。 そこにはまるでファンタジーの世界で、新たな人生を送っているかのような感覚にすらなる魅力がある。 現実の世界で迷い・躓き・無駄な時間を過ごしてきた慎(しん)はゲーム中、あるバグに遭遇し気絶してしまう。彼はゲームの世界と現実の世界を行き来できるようになっていた。 2つの世界を行き来できる人物を狙う者。現実の世界に現れるゲームのモンスター。 世界的人気作WoFに起きている問題を探る、ユーザー達のファンタジア、ここに開演。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

虚弱生産士は今日も死ぬ ―遊戯の世界で満喫中―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...