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偽善者と開かれる新世界 九月目
偽善者なしの【未来先撃】 前篇
しおりを挟む『さて、ますたー。もうこれでおしまい?』
少女は先程と変わらない様子で、わたしたちにそう問い掛けます。
……本当に、一人で倒してしまいました。
少女は掠り傷一つ付けずに、闇泥狼王を圧倒する実力を持っていました。
それはプレイヤーの中でも極僅か、限られた者にしかできないことです。
――そしてそれは、この場にも一人存在していました。
『……貴女、名前はなんて言うの?』
『ん? ……メルだよ』
『そう。ならメル、貴女はどういった存在なのかしら?』
シガンは少女の元へと向かい、見下ろすように少女へと質問します――剣に手を掛けた状態で。
『どういった、と言われても……私は、ますたーの召喚に応じただけの存在だよ』
『つまり、召喚獣ということ?』
『ううん、ちょっと違うよ。だけど、そのことをお姉さんに言う必要は無いよね?』
『……そう。なら、力尽くで教えてもらうわよ!』
シガンは剣を抜き、少女――メルちゃんへと振り下ろします。
目にも止まらない速さで、メルちゃんの細い首を狩るために動いた剣は――ピタッと動きを止めました。
『……ふーん。お姉さんは何を訊きたいのかなー? 教えられることなら、教えてあげたいけど』
『なら、全てを吐きなさい』
『アハハ。ごめんなさい、例えますたー相手でも教えられないことを、侵蝕されてるお姉さんに教えられないよ』
メルちゃんは二本の指で剣を抑えて、そのままシガンと会話を続けます。
……絶対に、その見た目のままの存在じゃありませんね。
『……ってメルちゃん。侵蝕って何なの?』
『えっと……【固有】の能力に自分の精神を変質? されていることだよ。みんなの中だと……お姉さんしか持っていないみたいだけど、誰か知り合いに持っている人がいるなら気を付けた方がイイよ。だって、段々とその能力に関係した性格になっちゃうからね』
『『『『「……ッ!?」』』』』
そんな情報、聞いたことがありません!
【固有】スキルがそんな力を……確かに、それならシガンの変化にも納得が付きます。
ですが、それはわたしの願望とも思えてしまいます。
話が上手過ぎて、それを信じることができません。
――本当に、それはスキルの所為だったのでしょうか?
わたしが頭の中でそのことを考え続けていると、メルちゃんが――。
『ますたー、自分を信じて』
「メル……ちゃん?」
『ますたーがそれを信じないで、誰がそれを信じるの? ますたーが信じることなら、私もそれを信じるよ。だから……諦めないで』
メルちゃんは、未だにシガンの剣を抑え付けた状態でそう言います。
シガンもメルちゃんから離れようと抵抗をしますが、メルちゃんが使ったと思われる土の縄が彼女を縛り、動けていません。
そう……ですよね。
わたしが諦めたら、誰がシガンを信じるのでしょうか。
「メルちゃん、シガンを……元に戻すことはできますか?」
『それが……ますたーの望む正しいこと?』
メルちゃんの瞳が、今までと違った剣呑な輝きを見せます。
本当ならわたしを脅そうとしているみたいですけど……見た目が可愛いので、全く怖くありませんね。
笑ってしまいそうな顔を誤魔化しながら、メルちゃんへと答えます。
「はい、メルちゃん。お願いします」
『…………うーん、分かったよ。ますたー、だけど……少し失敗しても、許してね』
「え!? 失敗って――」
メルちゃんはそう言って、シガンを思いっきり蹴り飛ばします。
土の縄はその衝撃と千切れ、シガンは反対側の壁にめり込みました。
煙が大量にモクモクと立ち昇り、シガンの姿が見えなくなります。
『め、メルちゃんって何者なのかな?』
『う~ん、メルちゃんはメルちゃん~ってことで良いんじゃないかな~?』
『色々と知らないことを知ってるし、ちゃんと訊いてみたいことがいっぱいあるよ』
『……可愛いな』
みんなの感想はそのようなものでした……ディオンは感想が変わっていませんね。
メルちゃんは剣を抜――かずに、何も無い空間に手を伸ばします。
『取り敢えずは……"縛れ、グレイプニル"。あれ? 失敗した』
『……ハァ、ハァ。2、1、0』
そこから飛び出した鎖がシガンの元へと向かっていきましたが――鎖は煙の中で、突然弾かれて戻ってきます。
シガンが【固有】スキルを発動し、鎖へと対処したのでしょう。
その証拠として、今もカウントダウンをしています。
「メルちゃん、シガンは『だいじょうぶ』……メルちゃん?」
『信じて、ますたー』
戻って来た鎖を宙へと仕舞い、メルちゃんは再び二本の剣を抜きます。
煙は未だに晴れず、むしろ増えているように見えます。
(煙魔法)も習得しているシガンが、恐らく身と溜めておいた斬撃を隠すために、魔法で煙を発生させているのでしょう。
既に辺り一面が、白い煙に包まれます。
その中をメルちゃんは、ただただ双剣を握り締めて歩いていきます。
ブンッ カキンッ
煙に入ろうとしたメルちゃんが、突然剣を振るいます。
すると、剣と剣がぶつかった時のような音が鳴ります。
キンッ キキキカキンッ カカカキキンッ
その音は、メルちゃんが進んでいくにつれて激しくなっていき……既にメルちゃんの姿が見えないわたしたちには、その音を聞くでしか状況を把握する術がありません。
キーンッ!
最も甲高い音が鳴り、それ以降は沈黙がこの場を支配します。
煙はサーッと晴れ、少しずつ視界には人の姿が捉えられるようになってきました。
そして、煙の先には――。
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