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偽善者と終焉の島 中篇 七月目
偽善者と『勇魔王者』 その10
しおりを挟む天井に空いた無数の穴から零れる光が、仄かに洞窟を明るくしている。
その光によって陰一つできる筈の無い空間に、現在独特の形を成した影ができていた。
――天使。
その影が形取っている物を見た者は、十中八九その言葉を口にするだろう。
人間の形をした何かの背中から伸びて見える、巨大な十二枚の猛禽類の白い翼がその証拠だ。
だが、それを天使と呼ぶには少々奇怪な部分がそれには存在していた。
翼には光線が走り、影に映る翼の中で怪しく明滅している。
また、その光の輝きが変動するたびに、機械が稼働している際に聞こえるような作動音が同時に聞き取れた。
その天使と思われる存在は、この場に存在するある一人の男を殺す為に出現したのだ。
「…………」
その男は、二挺の銃を両手に携えた小さな少年であった。
黒いマントに身を包み、不敵に天使を眺めるその姿は、子供とは思えない程の威圧感を放っている。
「……準備は良いか? スクラップ」
子供らしい変声期前の高い声から聞こえてくるのは、いかにも創作物のキャラクター達が使いそうな言葉であった。
状況が状況でなけれな子供が友達と一緒にヒーローごっこをやっている姿にも見えないこともないのだが、あいにく友達がいたとしても、謎の天使を見た瞬間に逃げ出しているだろうから、ヒーローごっこなどする必要は無いと思う。
「……やっぱり無視か。レミルの時も、最初以外は何にも言わなかったしな」
レミルとは、かつて少年が出会った一人の天使である。
翼の枚数は二枚であったが、この場にいる天使と違い動作音や翼に光線が走っているワケでは無い……が、目的が同じであった為、少年はその天使を思い出していた。
「チッ。黙っているだけの人形じゃ、こっちの興が醒めちまいやがる」
そう言って、少年は天使の元へ一歩足を踏み出そうとしたのだが……
ブオンッ
「おうおう、ちょっと近付こうとしただけでその反応とは傷付くぞ……」
いつの間にか天使の腕から可視化された白い光が伸びていく。
最終的には長剣のような形を模した物が、天使から出現した。
「さしずめ光子剣ってワケか。解析は速攻でやるからすぐに使えるが、別にそれを使いたいワケじゃ無いし、そこは今は置いておくとして……どんどん歩かせて貰うぞ」
少年は天使が光の剣を出しても、驚きを示すことは無かった。
――むしろ足を速め、天使の反応を楽しんでいるかのように見える。
ヒュン ヒュン ヒュン
天使は次に、自らの翼に光を纏わせた物を少年に放つ。
「……確かに聖氣が混ざってはいるが、紛い物って感じが半端ねぇな。そもそも聖属性の力は光属性の派生形でもあるって考えがあるみたいだしなぁ。人工的だか神工的だか知らないが、光の魔素から聖属性としての性質が高い魔素を抽出できるように、機械が働いているのかもしれないな。
……おいおい、天使の羽を降らせたとしても、不幸でもない限り頭に衝撃を受けて記憶喪失なんてありえないだろ。幾ら似たようなことをしているからって、同じ展開をやったら、それはそれで問題に成っちまうぞ」
少年はひたすら体と口を動かしながら、降り注ぐ羽の一枚一枚に対応する。
少年の右手に握られた黒い銃の引き金が引かれると、放たれた黒い銃弾によって羽は獣に貪られるように消滅していく。
少年の左手に握られた白い銃の引き金が引かれると、放たれた白い銃弾によって羽は同等の力に相殺されるように消滅していく。
少年の握る二挺の拳銃は、どちらも羽を一瞬で消し去っていった。
感知した羽を一瞬で記憶し、最も羽を消せる場所を演算し、その場所へと弾を放つ。
初めの内はそれも難なくこなせていたのだが……天使に近づいて行くにつれて、羽の数は段々と増えていく。
そして、遂に弾をギリギリで避けた羽が、少年の元へと到達する……かのように思えたのだが――
「――そもそもとしてこの羽の速さ、彼が味わったヤツより何十倍も速いよな。(未来視)と(反射眼)を並列起動してないと対応できなくなってきたし……。まぁ生憎、借りれる手は何百とあるから問題無いけどな」
降って来た羽は、少年の頭に落ちてくる寸前で勢いを完全に失う。
まるで、何かにその先へ行くことを阻まれたかのように、不自然な形で停止していた。
その正体は少年の持つスキルの一つでもある――"不可視の手"である。
攻撃を防ごうとしない【怠惰】な少年の代わりに、勤勉に働いてくれる……どこかで大人気になりそうな権能もあった。
少年は銃とその権能を用いて、天使の元へと進んでいく……途中から進む為に蹴っているのが地面では無く空気になっていたが、それについてツッコむ者は、その場には誰もいない。
ブオンッ
「今更剣を振っても遅いと思うが……。そもそも、今の俺の体には通用しないぞ」
ガキンッ!!
少年が言う通り、天使が腕ごと振り下ろした光の剣は、体を切り裂くことは無かった。
剣は少年がそっと剣の進路に置かれた腕によって、それは防がれたのだ。
「機械の腕に何重も防御系の魔法やスキルを重ね掛けしてあるんだ。鉄塊というか神鉄塊と呼べるぐらいの硬さだぞ」
少年は剣が振り下ろされる寸前に、極限まで加速させた思考を使い、何重ものスキルや魔法を思考詠唱を使い発動させていた。
その甲斐もあってか、少年には傷一つ付くことも無かったのだ。
「だいぶ近くまで来たから、お前には避けるすべはないし、逃げようとしても大体の方法は不可能になっちまったな。
目が覚めた時には、その名に恥じないような力を見せて欲しいぞ――」
少年が最後にそう言うと、その場から天使という存在は消え去った。
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追記
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