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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と迷宮内氾濫 その15
しおりを挟む第四世界 迷宮『獣皇の大平原』一層
支援に飽き……ごほんっ、空きが無くなってきたので活躍の場を変えた俺たち。
地上のことはウォッツに任せ、迷宮の氾濫停止に協力することにした。
「それじゃあ行くよ──ロカ、ラヴ!」
「おうっ!」
『ああっ!』
この迷宮は名前で分かる通り、獣系の魔物でほとんど統一されている。
イメージはサファリパーク……うん、種類は多岐に渡るからな。
「広い分、こりゃあ走りやすいな!」
「だからこそ、向こうもそういう手で来るんだけどね……あっ、来たよ」
こちらは人狼一体なのに対し、遠くから現れたのは──猿猪一体である。
その手には猪の牙を研いだ槍が握られ、こちらを貫かんとしていた。
俺は手にした金属の棒を構え──魔力を籠め、その長さを一気に伸ばす。
猿はすぐに猪の背から跳ね、それを回避するが猪はそうもいかず棒に直撃。
しかし、猪は自らの固い皮膚と速度で棒の一撃に対抗する。
ゆっくりと棒を歪め、そのまま俺たちの下へ到達しようとしていた。
猿もまたそんな棒を渡り、こちらへ迫ってくる。
棒をずらせば猪に、そのままでいても猿にやられる危機的状況だ。
「──まあ、僕だけが相手だったなら絶体絶命だったかもしれないね。ラヴ、熱を」
『ああ──“熱伝導”!』
マグマの精霊であるラヴが魔法を籠める。
すると、突如として握り締めていた棒が高温を発し始めた。
現実であれば即座に手放しただろうが、今は逆に強く握り前に棒を押し付ける。
ジュ―ッと肉の焼ける香りが漂うが、すべてはラヴの魔法が高性能である弊害だ。
これには魔物たちも驚き、慌てて距離を取り出す。
猪の額、そして猿の足には酷い焼き爛れができていた。
「なあラヴ、もっと下げられねぇのか? 正直、腹が減ってくるんだが……」
『あ゛あ!? 何言ってやがる、熱を下げるなんてありえねぇだろう! それに、魔法を使ってる分まだマシだぞ!』
「…………メルス、こいつら倒したらすぐに食わせてくれよ」
「あはは……僕も食べるけどいいよね?」
ラヴの場合、魔法で熱を創るよりも自分自身が発熱した方が高温を出せる。
それでも魔法を使ったのは、そちらの方が制御できるからだ。
意外と思われるかもしれないが、種族的な性質よりも魔法の方が安定する。
魔法はシステム的なものなので、制御術式さえ入っていればコントロールが容易い。
もしラヴ自身の熱で棒を温めていたら、俺は発火していたかも……と思えるレベル。
とはいえ、精霊が唱えた魔法なので普通に人が使うより高温を生み出しているけどな。
お陰で耐えるためのスキルが急成長中。
痛みがすぐに引くことは無いが、それでも感じた最大の痛みを超えるほどの辛さはどれだけ待っても起きないで済んでいる。
「とりあえず、さっさと倒さないといろいろと危ないよね──“回棒”」
握り締めた棒を振り回す武技。
ただそれだけだが、今はラヴの籠めた膨大な量の熱が金属を伝っている。
ロカとタイミングを合わせ、再び突っ込んできた魔物たちにその棒をぶつけた。
先ほどよりも深く、そして致命的なまでに食い込んだソレに魔物たちは悶絶する。
「あとは適当に──ラヴ」
『おうよ──“熔絨毯”!』
一面に広がる赤色。
限定的な地形改変、それもラヴが行使したことで通常よりも規模や変化が凄まじい。
戦っていた二匹の魔物たちだけでなく、近づいてきた魔物たちをもその変化に巻き込んでいく──ずぶずぶに沈み、その熱量にもがき苦しむ姿は何とも惨かった。
そんなマグマの上でも、ロカは平然と踏み越え走り抜ける。
……ただ、靴越しに感じる熱さが人と魔物の性能差を示していた。
「ロカ、よく平気で走れるね」
「いや、俺も結構熱いんだからな? けどまあ、ラヴの迷宮だったりムスペルヘイムみたいな場所で慣らしたんだよ」
「あー、あそこね。うんうん、ためになっているなら創った甲斐があるかな?」
『おれも行ってみてぇ! なあ、今度おれを連れて行ってくれよ!』
ロカは強くなるため、偽・世界樹をすべて巡っているからこその経験だ。
対してラヴは熱い所が好きだが、これまでは迷宮の管理に徹していた。
なのであそこには行ったことがない……今度、魔臣連中といろんな場所に行ってみるのもいいかもしれないな。
◆ □ ◆ □ ◆
迷宮『獣皇の大草原』 五層
そこからまあ、多くの戦闘を繰り返して深い層へ潜っていった。
一層ごとに環境が変わり、出現する魔物がまったく異なるのがこの迷宮の特徴だ。
そして、五層が最終層となっている。
この階層の守護者を討伐することで、迷宮は一時的に鎮静化する──核を外せば停止するが、しばらく迷宮が使えなくなるからな。
周囲にはすでに探索者が集まっており、入れ代わり立ち代わりで守護者に挑んでいる。
ソイツは迷宮の名の通り『獣皇』──この迷宮において、最強の存在だ。
「くっ、攻撃が当たらない!?」「……あーまたはずしちゃったわー」「あっ、テメェわざと当てやがったろ!」「うっかり、うっかりよー」
なんて会話も聞こえてくるが、その理由は『獣皇』の姿にある。
つぶらな瞳に小柄な体躯、モフモフの毛に愛らしい動き──そう、可愛さ特化だった。
なので、ほぼすべての女性陣(そして一部の男性)が離反、探索者たちは倒そうにも倒せない状態に……うむ、我ながらえげつない個体を守護者にしてしまったものだ。
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