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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と迷宮内氾濫 その07
しおりを挟む氾濫を想定した緊急時の対応。
臨時の工房はその一環で、誰でも使うことができる。
迷宮内の魔物はドロップアイテムを出すのだが、氾濫時は迷宮から出た魔物の死体がそのまま残ってしまう。
それを解体する解体所も用意してあるし、何なら生産以外の用途で使う者たちのためにストックしておく倉庫も準備済み。
主に使うのは死霊術師や創像師といった、魔物の素材を使う者たち。
全身残っている魔物などは、あえて解体せずそちらに回しているようだ。
「さて、何か食べて休もうかな?」
先ほど、素材を提出した際に貰ったポイントの使い道。
その一つが食べ物の購入、工房は貸し出しているが受け取る側は支払いが必要なのだ。
ただし、普段に比べてかなりお安め。
費用の大半を都市側で補填しているので、普段は手を出せないモノにも手が出せる……なんておまけ付き。
作る側には材料が供給されるので、単純にスキルレベリングにも最適。
多く売れば売るほど、後で補填される分も増えるので張り切って作る者が多い。
「……って、ヤン?」
「あっ、メルス! さぁさぁ、あたしの家庭料理店にいらっしゃい!」
なぜ家庭料理なのか、その答えは簡単なことで──ヤンの基である魔武具に、家庭料理に特化した調理スキルが備わっているから。
かなりジャンルの広い料理を作れるようになる、そんな便利なスキルだ。
いちおうのデメリットとして、他のジャンル特化スキルに比べバフがやや劣っている。
しかしまあ、料理によるバフが軽く抑えられているだけ。
制限に引っ掛かるものなど、超レア素材で料理を作ったときぐらい。
つまり、実質作れる料理に制限なんて無いに等しいわけで。
──幅広いジャンルを取り揃えたヤンの店は、大変大行列となっていた。
そして、そんな大行列のお店の店主がわざわざ顔を出して歓迎する謎の子供。
当然、訝し気な目を向けられるわけで……とりあえず、俺は列の後ろへ移動した。
《後ろに行かなくても良かったのに……》
《ズルになっちゃうからね。それに、それをすると僕だけじゃなくヤンを悪く思う人も現れるかもしれない。少し待てばそれも解決するから、待っててくれるかな?》
《うーん、それもそっかー。うん、じゃあ少し待っててね》
そんなこんなで、待つことしばらく。
お客さんがみんな満足げに立ち去り、俺の番になる──かなり頑張ったのか、正直大して待たなかった。
「さぁ、いらっしゃい! 好きな物を選びやがれ!」
「和洋中にファンタジー……メニューが豊富過ぎて迷っちゃうよ」
「そんなメルスにはこれ! ヤンちゃんオススメスペシャルがあるよ!」
「…………怖いけど、じゃあそれで」
まったくメニューには載っていない、口頭で告げられたそれを注文してみる。
ヤンが了解! と意気揚々に調理を始めると──数分後、そこに山が現れた。
「ヤンちゃんオススメスペシャル! さぁ、食べやがれ!」
「あ、あはは……いただきまーす」
俺にできるのは、持っているモノを使い全力で食べることのみ。
身体強化系のスキルと耐性スキル、そしていろいろと作っていたポーション。
まさか、せっかくだからと一つ作っておいた大食い用のポーションを使うことになるとは……必要な材料が希少な点、そして大して使われないから別の意味でも希少なのだ。
いちおうのメリットは、多く食べることで料理バフを一気に得られるぐらいだろうか。
ただ、費用対効果……そして女性の場合は体重などの問題であまり使われないな。
「……げ、げぷぅ。お、美味しかったよ、ごちそうさまでした」
「はーい、お粗末様でした。どうだった、美味しかった?」
「……ふぅ。そうだね、ただこれ……物凄く僕好みの味付けだったんだけど」
「とーぜん! メルスの好きな味付けを意識して作ったスペシャルメニューだもん!」
まあ、夢現空間で何度も食べたり食べさせたりしているので、こちらの嗜好も向こうの嗜好もお互い把握しているわけだが……なお武具っ娘は共通して俺と似た味覚だ。
由来となったスキルや種族で若干の差はあるが、俺の好きな物は大抵好き。
ヤンはその細かい部分を調べ、俺が特に美味しく感じる物を選んでくれたようだ。
……まあ量が多かったため、食事関係のいろいろなスキルもおまけで得ているのだが。
バフも高い効果は無くとも、幅広い効果が付与された。
それでも、あんまり大食いを今はしたくないと思う。
いつもは【暴食】があるので、どれだけ食べても無尽蔵にイケるんだけどな。
「それで、メルスはこれからどうするの?」
「ヤンのご飯でいろんなバフも付いたし、頑張ってみようかなって。経験値もそれなりにあるから、いいアイテムも使えるし」
「ふーん、あたしたちは使わないんだ」
「…………た、高いもん(コストが)」
ヤンのジト目は魔武具の性質故か、少々狂気染みている……ように見える。
本人の気質的にそれは無いのだが、そう見られているというだけで体は反応する。
そうしてしばらく見つめられ、俺は──信念をあっさりと捻じ曲げるのだった。
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