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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と迷宮内反乱 その06
しおりを挟む最初の迷宮、『生命の秘海』から一人目の高い知性を持つ魔物を連れ出した。
人魚型の魔物、『深淵人魚・天魔種』ローラと共に次の迷宮へと向かう。
……なお、彼らは全員人の姿になることができるのだが、それでも定義的には魔人や魔者ではなく、あくまでも魔物だ。
「メルス様……あの、次はどちらへ?」
「そうだな……『採取場』に行こうか」
「……あ、あの……よろしければ、『花園』へ向かいませんか?」
「ん? あの『凶楽の花園』か?」
比較的レベルの低い探索者でも攻略が可能なので、人気の迷宮である。
また、反乱したと言ってもとても話の通じる個体が居るので、後に回す予定だった。
「最後か、その前ぐらいを予定していたんだが……違うみたいだな」
「……この際ですので伝えてしまいますと、彼女はメルス様にのみ100%の猫を被っております。そうですね、私どもや眷属の方々にはその半分ほど、探索者には逆に素を晒しております」
「うーん、なるほどなー。まあ、ローラが言うならその通りなんだろう……凄いな、まったく気づけていなかった」
「それも含めて、完全な猫被りです。スキルもかなり高くなっていると、前に自身で話しておりました」
俺は{感情}の影響で悪意ある振る舞いには敏感だが、逆にそれが無い演技などにはほぼ疎い……最近は色恋沙汰云々の勉強をしているが、そちらも未だに対応不可。
俺には彼女の猫被りを暴くことはできず、それゆえの反乱なのかもしれない。
そう考えると、自分の中でカチッとスイッチが入ったような気がする。
「そうか……なら、花園に行こうか。すまないが、手伝ってもらえるか?」
「はい、ご命令とあらば」
向かう場所が決まる。
迷宮の入り口に配置された転送陣から、まずは迷宮都市に──そして、再び転移先を変更してから、転送陣に乗った。
◆ □ ◆ □ ◆
迷宮『凶楽の花園』
色とりどりの花々が咲き誇るそこは、まさに花園と言っても過言では無い。
入り口付近には毒性を持つ花はいっさい無く、こちらもまたピクニック気分で来れる。
享楽であり凶絡であり、そして凶楽の花園なのだ。
……そんな花園が今、本来の在り様から大きく変貌していた。
「うん、人を招き入れなくてよかった。どうしてこうなったんだ?」
「……その、最初にメルス様が訪れなかったからかと」
「マジか……初手でミスったか? いや、でもそれならローラも……」
「はい、二番目以降でしたら、嘆願をして深海の魔物を動かしていましたね」
嘆願、俺がレンを経由して知性の高い魔物たちに付与してもらった特別な権限。
一回限りの迷宮改変権限、そんなものを与えていた。
俺には無い発想を、迷宮に住まう彼らから引き出せないかと期待してのものだ。
まさか、俺を迎撃するために使われるとは思ってもいなかったな。
「というか、ローラもかよ……」
「せっかくの機会ですので申してしまいますと、どの魔物もメルス様が大好きですので。いわゆる嫉妬というヤツですね、一番でないならメルス様と言えども容赦しません」
「……そんな笑顔で言うことじゃないだろ」
まあ、迷宮の魔物は迷宮核の性質に引っ張られやすく、レンは初期の眷属であるため例の共有がされている……その影響もまた、魔物たちにあったのかもしれない。
「ローラ、準備を」
「はい、畏まりました」
俺が武器を取り出すと、ローラもまた戦闘準備を行う。
彼女は掌から水玉を生み出し、それを伸ばすと──杖を作り上げる。
ただし、その先端はマイクの形をしている特別品。
杖として魔法の触媒にできるし、歌に関する補正も見込める。
そんな俺たちを迎え入れるのは、植物……という体を取った魔物たち。
動く植物や花に寄生された動物型の魔物、他には妖精や精霊などが現れる。
「火は厳禁だぞ──“吹雪”!」
「心得ております──“独唱・夜想曲”!」
なんだか知り合いに多い歌による支援。
彼女もまた、人魚という己の種族性質を引き出すために歌を用いた支援を行う。
今回、彼女が歌う“夜想曲”は回復速度を高める効果を持つ。
それは俺の支援、そして自分が使う魔法のためのもの。
「~~~~♪」
「……■■──“海嘯”」
二枚舌スキル、ではなく人魚が性質として持ち合わせている多重詠唱。
歌魔法を使いつつ、海魔法をしっかりと詠唱して発動させた。
吹雪が吹きすさび植物たちの活動を抑制する中、今度は海水が広範囲に広がる。
寒害と塩害、二種類の災害を強制的に受けた植物の勢いが一気に弱まっていく。
だが、それでも彼女は止まらない。
俺は“吹雪”を維持しているだけ……こういう意味でも、彼女を一番最初に迎えに行ったのだ。
「……■■■■■■──“氷河粉砕”!」
冷えて霜を、氷を張りつかせた魔物たちに多重詠唱で発動した魔法が向けられる。
祈念者などはサラッと使っているが、自由民からすればむしろこれが普通なのだ。
足りない魔力、属性適正などを複数人で補うことで賄っている。
ローラの場合、発動基準は満たしているにも関わらずそれらを行っていた。
無駄ではあるが、その分だけ威力を増大させることができる。
魔法の規模が広まった結果、辺り一帯の魔物すべてが氷諸共粉砕された。
「お疲れ様、これでしばらくは魔物も出てこなくなるだろう」
「はい。ですが、おそらくは……」
「……ああ、分かっている。それも覚悟のうえで、先へ進もう」
「はい、畏まりました」
そうして俺たちは、花園の奥へ向かう。
──待ち受けているであろう、彼女に会うために。
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