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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と砂漠の旅 その15
しおりを挟む──いつからか、彼女には『舞姫』という二つ名が与えられていた。
大衆からの称賛の声はどうでも良かったのだが、少女もまた彼女を褒めてくれる。
そのことがとても嬉しくて、彼女はその名に相応しい振る舞いを心掛けた。
砂漠の通商を守り、貧困層に手を差し伸べて、都市を襲う巨大な魔物を討伐する。
そうした行いのすべてを少女に語ると、いつものように純粋な称賛の声を聞けた。
意図のある賞賛よりも、たった一言少女が喜ぶだけで彼女の心は満たされる。
もっと聞きたい、その一心で彼女は女傑足り得る偉業を行い続けた。
──有象無象がどれだけ語ろうと、その言葉は響かない。
唯一の例外は少女の言葉だけ。
表面的な対応はできていても、彼女の中で他者を必要とすることは無かった……むしろ価値のあるものとして、認識していない。
ある日のことだ、その日彼女は少女とある約束をしていた。
だが、彼女と話がしたいという貴族が現れた──結果、彼女は貴族を半殺しにする。
理由はただ一つ、少女の下へ帰ろうとする邪魔をしたから。
そこにいっさいの躊躇も、ましてや反省や後悔も無かった。
──彼女には、人として大切なナニカが欠けている。
◆ □ ◆ □ ◆
──話してみて思った、どうやら彼女は感性がどこかおかしい。
「お姉さんって、狂ってるよね?」
「…………(シャキン)」
「無言で武器を出さないでよー。あっ、もしかして遠回しな言い方の方が良かった? ごめんね、僕ってそういうのがあんまり上手くなくて……直すようには言われているんだけど、意識しないとついポロリしちゃうんだ」
「…………ハァ、まあいいか。たしかに、言い方はともかく、そういうところはある……かもしれない。ちょっと前、あの娘との約束があるのに邪魔をしてきた貴族、護衛ごと斬り伏せたし」
言わば、妹至上主義とでも呼ぼうか。
行動の根幹には少女が存在し、他の存在は圧倒的に下に存在している。
この世界で貴族をそんなあっさりとあしらうのは、完全にアウトだ。
創作物で主人公がバッサリ断ることもあるのだが……最悪、死人が出るからな。
特に陽炎都市は、貴族などの金を持っている存在の主張が通りやすい。
……彼女に力が無ければ、こうして出会うことも無かっただろう。
「──分かるよー。僕も一度、大切な姉妹が邪な目で見られたからね。利用するだけ利用して、最後はサクッと殺したよ」
「邪な目で? ──なら、仕方ないわね」
「うんうん、まあ向こうに事情があっても関係ないよね。だからお姉さんも、僕を殺したいわけだし」
「……こんなに話が合うんだから、そっちもそっちでイカれているってことか。あーあ、改めて言われると傷付くわね……傷付かない自分に傷付くわ」
俺の場合は{感情}由来のものが混ざっているが、彼女の場合は天然物だ。
彼女の弱点が妹? とんでもない──むしろ、制御装置と言っても過言では無い。
俺と話しているのは、殺した後に妹を見つけ出すヒントを得るため。
一利も無く、百害以上の害悪を生かしておくに足る理由がまだあるからこそだ。
ここに来た原因からそうだが、おそらく彼女から妹を奪ったらガチで危うい。
……計画は変更して、ある意味良かったのかもしれないな。
「別にいいと思うけどなー、僕は。だって、本当にどうでもいいと思っているなら、そもそも意識すらしないからね。その点、傷つけるんだからイイと思うよ、まあその理由もあくまで、あの娘が関係あるんだろうけど」
「当然よ。あの娘がそういうことを知って、怒られたらと思うと…………想像だけでも怖くなってきた」
「あはは、僕はもう手遅れだからよく言われているよ。でもね、たぶん大丈夫だよ。それならそれで、自分がどうにかしなくちゃって張り切ってくれると思うよ」
「…………一理あるわね。さっき言ってた、『めっ!』とか、言われてみたいわ」
俺たちの会話を傍から真っ当な人格者が聞いていたら、間違いなく正そうとするはず。
俺も彼女も、どこか壊れているからこそこの会話に違和感を持っていない。
世に存在する常識など不要。
自分が守りたいモノのため、己を顧みずに抗っている者に気にする暇など無かった。
◆ □ ◆ □ ◆
ここまで会話をしながら歩き続けていたのだが、罠も魔物もいっさい現れないでいる。
創作物なら、ここでアクシデントの一つでも起きて絆が深まるところだろう。
しかしながら、実際にはただ会話をしているだけで最深部へ。
俺たちは辿り着いたその場所で、ある物を眺めている。
「……これは、何を伝えたいのかしら?」
「──厄災だよ。世界を終わらせる存在、その一つ」
「ふーん……」
「お姉さんが危機感を持つように言うなら、現れただけで出会った頃のあの娘なら死にかねない危険な存在だよ」
「っ……それは、深刻な問題ね」
古代遺跡の定番な壁画だが、そこにはある魔物の存在が描かれていた。
それに挑む存在と、刻まれた彼らの職業名が相手の強大さを物語っている。
「……自分の職業とか、特段興味を持ったことがないけれど。何となく、凄そうな名前の職業ばかりね」
「そうだね、一部は今じゃ誰も就いていないし知られていない、いわゆるロストジョブとか呼ばれる類だし。どれもたぶん超級か極級なんだろうけど、そんな職業が集まらないと戦えない相手ってことなんだよ」
「──『砂膨擬惠[ディザースト]』、これが砂海のどこかに?」
「……かもね」
俺はもう一つの可能性を疑っていた。
アイリスの天空の城、シュリュの帝国に干渉していた運営神……いかにもな祈念を生み出すのに、格好の存在では無いだろうか。
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