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偽善者と未熟者たち 三十九月目

偽善者と砂漠の旅 その14

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 ──少女を一目見た瞬間、彼女は己の成すべきことを見つけた。

 特別な出来事も運命的な展開も必要ない。
 ただその少女の無垢な瞳に見つめられるだけで、鼓動が高鳴るのを強く感じた。

 歌、踊り、舞をどれだけしようと、それほどの高揚感を覚えることは無い。
 だが、少女が自分を見ているだけで、とてつもないほどの喜びを覚えた。

『ねえ、歌は好き?』

『……?』

『そう、歌よ。良ければいっしょに歌ってみない?』

『……!』

 初めは不安そうだった少女も、彼女と同じ歌を奏でていくことで解されていく。
 幼い少女は歌えなかったが、それでも彼女にとっては天使のラッパのように聞こえた。

 ──これからは、少女を守るために自身のすべてを費やそう。

 少女が幸せを手にするその日まで、自分がそれを守り続けよう。
 歌い、踊り、舞い続け、少女がいずれ己を必要としなくなるその時まで。

 ──だがなぜだろう、その瞬間が訪れることを自分は望んでいなかった。

  ◆   □   ◆   □   ◆


 脱出を目指し、一先ずは『舞姫』と協力することに。
 ただし、向こうは隙があれば俺を殺す気でいる……仕込みがバレないようにしないと。

 現在、彼女にはある魔法を見つけた微精霊に頼んで施してもらってある。
 その影響で、魔力を中心に身力が体外に放出されていた。

 だからこそ、彼女も派手な動きを取れないまま俺と共に古代遺跡を進んでいる。
 その中で脱出方法、あるいはそれに繋がる何かを得ようとしていた。


「しっかし、魔物の中にこんな凄い遺跡が在るなんてねー」

「…………」

「いつの文明なのか、どういうものがあるのか気になるよねー」

「……話しかけないで」


 妹を攫った張本人である俺を、物凄い目で睨みつけている彼女。
 すぐにでも殺したいのに、状況がそれを許さない……だからこその視線ならぬ死線だ。

 今なお、いつでも使えるとばかりに短剣を握り締めている。
 ある程度は奪っている身力だが、彼女がその気になれば振り絞って殺しに来るだろう。

 最近はレベルアップをしておらず、リセットして弱体化したまま。
 彼女の気分次第で、俺はいつでも殺されるということを忘れてはいけない。


「そういえばお姉さん、一つ聞きたいことがあって──」

「ねぇ、黙れないの? もしかして、殺されたいの?」

「うーん、僕ってあんまり静かな状態って好きじゃないんだよね。そもそも、いちおう僕お姉さんは敵対関係の真っ只中なんだし、言うことを聞く必要──無いよね?」

「くっ……」


 短剣を振るってきた彼女に対し、俺は指一本でそれを受け止める。
 ……実際には一瞬だけ絞った身体強化、加えて防御系のスキルや武技を全力で使った。

 それでやっとこさ、表面上はさも無傷と呼べるような振る舞いに。
 彼女も本気では無かったのだろう、悔し気な表情をするだけであっさり剣を収めた。


「まあ、お姉さんは答えたくないことには無視してくれてもいいよ。僕が勝手に話すだけだし、嘘を適当に言ってくれてもいい。ただつまんないだろうから、暇潰しとでも思ってくれればいいかな?」

「……ふんっ」

「その反応は、いちおうイエスってことでいいかな? よーし、それじゃあいろいろと話そう! 少しだけ、お姉さんのことは妹さんから──」

「早くその話をしなさい!」


  ◆   □   ◆   □   ◆


 共通の話というものは、なかなかにお互いの距離を近づける。
 彼女にとって、妹が自分をどう思っているのかという話は大変興味深かったようで。


「……そう、そんなことを……」

「当初の予定は台無しになっちゃったから、もう言っちゃうけどね。分かってほしいんだけど、自分がその立場になったとき、言われた通りにしていられると思う?」

「…………無理ね。でも、それを強制していた。だからそこまで思い悩ませてしまった、そういうことね」

「本当は自分たちで解決してほしかったし、そのための準備もしていたんだ。二人とも、とっても意地を張っているみたいだから、二人が納得できる方法をね」


 まあ、その内容はまだ言わないけれど。
 俺が話したのは、自分が姉のお荷物なのではという妹の苦悩……だがそんなことを姉に聞くわけにもいかず、俺に吐露したことだ。

 当人同士よりも、見知らぬ他人だからこそ零せる悩みもある。
 ……そこに付けるのが、悪人や偽善者というわけだな。

 いろいろと企ててはいたが、バラした方がいいだろうと判断して説明。
 彼女も思い当たる節があったのか、深刻そうな表情をしている。


「……どうすれば、良かったのかしら? 正直、そんなことを言うヤツらを皆殺しにした方が手っ取り早いとは思うけど」

「…………そんなことをしたら、余計に自分のせいでって悩むと思うよ」

「そうよねぇ…………ハァ。昔からそうなのよ、あの娘のためにって頑張ってみてはいるけど、全然ダメ」

「その気持ちは分かるよ。僕も喜ばせたい子たちが居るから、いっつもいろいろと試してみてはいるんだけど……うん、笑顔というか苦笑いばっかりなんだよね」

「──分かるわ!」


 それから俺たちは、熱く語り合うことに。
 本当に予想外ではあったが、だからこそ得られるものがあったということで。


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