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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と砂漠の旅 その09
しおりを挟む──『サイバーワールド(β)』。
かつて、夢現祭りにおいて出品した神器の一つ。
子機からアクセスした者を取り込み、仮想空間内での経験を現実に反映できる装置。
言うなれば、現夢世界の一部機能特化版とも言えよう。
ただし、これの運用にはアイリスの固有スキルが必須だ。
そのため、現状ではアイリス──あるいは固有スキルを複製した俺や眷属たちが存在していないと、『サイバーワールド(β)』はいずれ使えなくなるだろう。
「それにしても、こちらの神器……かつて、とある祈念者の方が出品されたという装置ですね。我々としても原理を探るべく、一つ装置を得ようとしたのですが……転売対策が念入りに行われておりましてね」
「神器だもんね、その辺はきっちりしていたみたいだね」
「……お陰様で、しばらく会頭が不貞腐ってしまい大変でした。いずれまた、販売されることを心からお祈りしておりますよ」
「あ、あはは……そうなるといいね」
仮想空間にアクセスするための子機の数は限られており、追加で作ってはいない。
今はまだ試作段階、完全版にするべく情報収集を行っているところだ。
今、少女が使っているのはβ版よりは幾分かマシなα版。
そちらは眷属も使った特別版なので、先に作られていながらより性能が高いのだ。
今は擬似的な迷宮の中で、分裂させた意識と共に特訓をしている。
一瞬、そちらを確認してみたところ──すでに精霊たちを自在に操っていた。
「うん、順調みたいだよ……それよりも、外の様子はどうかな?」
「はい。お客様の予想通り、『舞姫』が動いております。報酬として例の品を提示し、祈念者たちを動かしております」
「……やっぱり」
例の品、それは英雄的行いをした彼女がかつてドロップさせたアイテム。
それを使うことで、意図したタイミングで大砂海の魔獣を呼び出すことができる。
当然のことながら、呼び出すだけで制御などはできないので懐柔はできない。
それでも、レイドボス討伐を望む祈念者たちにとっては、羨望のアイテムである。
「えっと、それを渡す条件は?」
「彼女の妹を無傷な状態で、そして攫った少年の首を持ってこいとのことですね」
「……僕、祈念者だから首だけのお持ち帰りはできないんだけどね」
「祈念者の場合、神殿での蘇生を確認するようですよ」
まあ、それもできないので意味無いな。
殺される筋合いも、ましては妹を現状で差し出すつもりもない──生き残るため、思う存分抗おう。
「おや、お客様……どちらへ?」
「少し、掃除をね。その間、この子をしっかりと見ておいてくれるよね?」
「ええ、お任せを。外出には、そちらの転移陣をご利用ください。中央の転移門と繋げておりますので」
「うん、ありがとう。ディーも、頼むよ」
『♪』
堂々と凱旋……というわけでもないが、Z商会との繋がりは隠せるはず。
少女の方を一瞥し、俺は敵が待ち受けるであろう街中へと向かうのだった。
◆ □ ◆ □ ◆
「やっぱり、かくれんぼは相手が居る方が捗るよねぇ」
俺が行っていること、それは多くの祈念者たちを利用してのスキルレベリング。
これ自体は現夢世界でも行ったが、今回はスキル自体にその影響が出る。
「抜き足、差し足、忍び足……これ、全部スキルになるんだね」
移動中の歩行に気を使っていたら、これら三つのスキルを獲得した。
間違いなくネタスキルの類だろうが、その効果はかなりのもの。
抜き足と差し足は歩く際に必要な技術、そしてそれをバレないように行う忍び足。
その三つを同時に行使することで、隠蔽の補正率が飛躍的に向上するのだ。
創作物で定番な、ハズレと思われていたスキルが当たるアレだろう。
まあ、祈念者はスキルに枠という制限があるので、苦労しそうではあるが。
「僕の優位性はこれだよね……祈念者だから見れるスキルリスト、そしてそうじゃないからこそできる無限のスキル習得。まあ、その分だけ成長速度が遅いから、全然育ってないわけだけど」
単純な話、スキルの保有数と合計レベルが高ければ高いほど成長率は落ちる。
なので縛り時の俺のスキルは、総じてそこまでレベルが高くない。
重ねて言うと、コンボが前提だからこそ組み合わせた際の燃費が最悪だ。
自然回復量が足りなくなる場合も多く、今回のようにディーに任せることも多いな。
「ディーも居ないし、今は自然回復量を増やせるポーションでどうにかするけど……長くは持たないかな?」
空き家の扉を閉めては開け、開けては閉めての繰り返し。
それにより、開錠と施錠のスキルを獲得する……行動経験が溜まっていたのだろう。
また、現夢世界での影響が反映され、他にも探知耐性や罠利用スキルなども得られた。
……探知の耐性ということは、つまりそういうことなのだろう。
「探知耐性、効果は探知の部分的無効化。現状だと、逆に怪しまれちゃうかな?」
成長させれば都合の良い改竄などもできるかもしれないが、少なくとも今は探知結果に空白な場所が生まれてしまうらしい。
一か所だけそんな場所があれば、怪しまれることなど火を見るよりも明らか。
それはそれで使えるので、後で使うことにするが──今は潜むことに専念する。
「そうだ、魔法陣でも書いてスキル習得を試みようかな? 空間魔法、そろそろ覚えておきたいし」
何度もその属性魔法を使っていると、スキルを習得できることがあるらしい。
なのでお金持ちなどは、子供の頃から魔道具などで使用して習得を試みている。
──なんてこともまた、『誰でもできる簡単スキル習得本(完全版)』に載っていた。
それを参考にするべく、俺は空間魔法の魔法陣を描き続ける。
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