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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と砂漠の旅 その07
しおりを挟む誘拐された(という体の)俺は、その先で無事脱出。
共に出たいというのであれば、自分と奴隷契約を交わせと要求していた。
そりゃあ逃げた後の処理などもあるので、ただの脱走者というわけにはいかないのだ。
そういった司法取引も含め、奴隷になれば何とかする……遠回しにそう言っていた。
とはいえ、形はどうあれ現状で奴隷にされそうになっている人々に、脱してもなお奴隷になれと言えば……まあ、反感を食らう。
俺としては、彼らはこのままであっても別に構わないのだが。
魔道具で保護をする、早めに外部から救援してくれる者を呼ぶなども可能だし。
周囲が騒々しくなっているので、もう面倒だからそのまま外に……と思ったが、そこで俺を呼び止める声を聞いた。
「な、なあ、待ってくれよ!」
「うん? 君は奴隷でもいいの?」
「お、俺じゃない! ……こいつが、お前を呼んでくれって言ってるんだよ」
「…………えっと、君かな?」
少年が俺を呼んだ理由、それは檻の中で横たわる少女のためだったようだ。
酷く衰弱している……だが、その状態でも俺の方をしっかりと見据えている。
「──『開錠』」
檻の鍵は生活魔法でサクッと開けた。
周囲の声はさらに怒号を帯びるが、それを無視して少女の下へ向かう。
「君は、ここから出たいの?」
「ごほっ、ごほっ……うん、お姉ちゃんに、会いたいの」
「うーん、まずはその悪いモノをどうにかしようかな──ディー、お願い」
『♪』
「お、おい、兄ちゃん、何を……っ!?」
ディーはスライムとしてある程度大きくなると、その姿を再び変化。
種族名は『癒液粘体』、生きたポーションのような存在だ。
ディーは少女を体内に取り込む。
周囲で悲鳴が上がるが……頭だけ浮かんできた少女の顔の血色が、だんだんと良くなる様子でそれも収まっていく。
「この子はこんな風に、取り込んだ相手を癒すこともできるんだ。嫌ならいいけど、健康になりたい人は後で言ってね……これで、自分の言いたいことをしっかりと言えるよ」
「お兄ちゃんは……凄い人なの?」
「うーん、そうなりたい人……かな? だけど、それができないから困っているんだ。それより、君がここから出たい理由……君のお姉ちゃんについて教えてほしいんだ」
「うん! あのね、お姉ちゃんはね──」
ディーというベッドで体を休めながら、彼女は自慢の姉について語ってくれた。
……そして分かる、おそらくはこれもまた祈念者であれば何かの流れがあったのだと。
話していた内容をすべて鵜呑みにするのであれば、少女の姉はまさに英雄……じゃなくて女傑そのものである。
だが、そんな女傑の弱点……そう言われているのを聞いてしまっていた少女。
それから数日もしない間に、彼女はここへ連れてこられた……そして今に至る。
これ、俺がどうこうしなくても、いずれ少女の姉が救いに来ていただろう。
また、協力者として祈念者が来る可能性も高いはずだ。
ただ、その際に少女がどうなっているのかはまったく不明。
……脳裏に過る似通った経歴を持つ姉妹、世界は優しいだけでは成り立っていない。
「──お兄ちゃん、大丈夫? ……なんだか寂しそう」
「……ありがとうね。君なら、僕の力なんて要らないと思うよ。他の人も分かったと思うけど、そのうちここに彼女のお姉ちゃんが救いに来る。便乗すればいいと思うよ」
湧き立つ歓声。
奴隷契約を強いてくる怪しいガキと、都市で知らぬ者は居ないほどに有名な女傑……期待する方など知れたこと。
だが、それでいいのだ。
俺がやりたいのはあくまでも偽善、彼ら全員を救うことなど──
「ううん、お姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんに助けてほしいの」
「……どうして? 僕よりも、お姉ちゃんの方が──」
「…………ううん、わたしが居ると、必ずお姉ちゃんはみんなを助けられない。だから、わたしを──使って」
子供とは思えないその言葉。
だが、俺は……『偽善者』はまさにその言葉が聞きたかった。
「一時解除──“聖光周癒”」
「ふわぁ……」
「僕の、君の願いを叶えよう。アリユ、力を貸して」
『♪』
何もない場所から現れた闇の微……否、下級精霊。
今回の出来事を経て、彼ら全員が下級精霊へと昇格していた。
階級が上がったことで、できることの幅も増えただろう。
必要な魔法の術式イメージ、そこに工夫も重ねて預け──代行してもらった。
「チクッとするよ──“心刻契約”」
「っ……!」
「はい、これで完了。手の甲に、模様ができたよ。消したいって念じたら、消えるようになっているから安心してね」
「あっ、本当だ……お兄ちゃんって、凄い魔法使いさんだったんだね」
「僕は凄くないよ。凄いのは、ディーや精霊のみんなだよ」
闇魔法の上位魔法の一種、宵闇魔法の一つである“心刻契約”。
隷属と違い相手の了承が必要になる代わりに、繋がることでさまざまな利点がある。
その一つが、感覚の部分的共有。
俺の『眼』を共有させることで、彼女は今俺の周りに居る精霊を見ていた。
「これが僕の見ているもの。きっと、君のお姉ちゃんも見たことが無いもの。形式上とはいえ、奴隷になってくれた君に……せめていい物を見てもらわないとね」
「ふわー、ふわふわだぁ」
「さて、じゃあ行こう……って、そうだったそうだった。君の名前を聞いておかないといけないね」
「わたしの名前は──」
そして俺は、少女を連れてこの場から立ち去る。
……その数分後、部屋の中が騒がしくなるのだった。
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