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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と砂漠の旅 その06
しおりを挟むZ商会で名誉と栄光、それにルールを決める権利を買うための仕込みをしてもらった。
ついでにあることを頼んだ後、俺は安宿に泊まりそのまま就寝することに。
……忘れている者のためにおさらいだが、基本的に祈念者がこちらの世界で寝ることがほとんど無い。
意識を意図的に落とした場合、彼らは自動的に[ログアウト]を果たしアバターはその場から消失するためだ。
「…………うん、こうなったかー」
だからだろう、子供姿かつアバターが消えない俺の体は運搬されていた。
Zが俺に高級な宿を紹介したのは、こうしたトラブルを避けるためでもある。
安宿に泊まる者に金などあるわけなく、そういったものに逃げ延びる術は無い。
俺は誘拐犯たちの資金源として、どこかへ売られることになるのだろう。
事前にディーや微精霊たちと打ち合わせを済ませており、合図を送るまで彼らは俺を助けるために動こうとはしない……というか、したら誘拐犯が死んじゃうので。
先に口の辺りに風魔法を使ってもらい、声は漏れないようにしておいた。
なお、誘拐には眠りの香を撒かれており、意識が無い……と思われている。
──が、耐性をたっぷりと付けたうえ、追加であるモノも飲んでいた。
そのため意識を失うことなく、体をひたすら揺さぶられている。
「ふむ、ふむふむ……ああ、まだだよ」
『?』
「まずはどこに運ばれるか、それにどういう処置の仕方をしているのか知りたいんだ。何かあったら、助けてくれるんでしょ?」
『!』
待機しているディーが、俺の問いに応じて少しだけ震えた。
人体に影響の無いスライムとして、今は俺の口の中に居る。
……先ほど言ったあるモノとは、要するにディーのことだった。
液体を飲まされた時のため、居てもらっていたのだが……気体だったからな。
他にも頼み事はあるので、別に選択が間違いだったとは思わないけども。
呼吸もその状態でできるし、ディーの方で調整してくれている。
「だから、もうしばらくはこのままだね。現在位置は[マップ]から継続して確認しているし、それを覚えておけばいい」
今回の滞在期間ぐらいは、覚えておいて損は無いだろう。
宿からかなり遠い位置、商業区の倉庫へ運び込まれたのを確認しながら呟く。
しばらくは怪しまれないよう、意識を落としておこう。
そう考え、ディーに覚醒するタイミングを委ねて休むのだった。
◆ □ ◆ □ ◆
何か液体が流れ込んできた感覚と共に、俺の意識は再び目覚める。
暗い空間の中、至る所で泣きじゃくる声や金属が擦れる音が響いていた。
『!』
「──うん、こうするんだね……なるほど、勉強になるなー」
俺の体に拘束具などは付いていない。
だが、檻や空間自体に術式が刻まれているようで、スキルは使えないし自動的に衰弱する程度に身力を奪っている。
このままでは動きようもない、予想よりも面倒な囚われ方をされていた。
……それでも対応可能なのは、創作物の知識のお陰だな。
「じゃあ、ディー。よろしくお願いね」
『!』
俺の口から出てきたディーは、その姿を無害な液状から金属生命体へ。
鍵穴の中で形状を変化させ、そのまま体を捩じると──ガチャリと音が鳴る。
「う、うーん! 檻の外ならスキルも使えるみたいだね……けど、衰弱の方は止まらないかー。たぶん、対になる魔道具とかが必要になるんだろうね」
『!』
「ああうん、来てくれたんだね。よし、これで準備は万端──」
「ま、待ってくれ! な、なあ、俺も連れていってくれよ!」
檻の中から叫ぶ男が一人。
それを引き金に、至る所で自分を出して欲しいという声が上がった。
引き受けて、全員を解放することもできなくはない……のだけども。
聖人でも、純粋な善人でもない俺がそれをする必要はあるのだろうか。
「いいよ、出してあげる」
「ほ、本当か!?」
「──ただし、僕と奴隷契約を交わした人だけね。それが嫌なら、ここに居ればいいよ。心配しなくても、僕がこの後騒ぎを起こすから誰かが助けに来ると思うよ」
「ふ、ふざけんな!」
周囲も彼に同調し、俺に罵詈雑言を投げつけてくる。
ディーと微精霊たちが怒ろうとしているので、そっと宥めておく。
「ねぇ、みんなを助けたらその後は放置してもいいんだよね?」
「は、はぁ?」
「解放したんだから僕も君たちを助ける権利は無い、あとでどう死のうとその人自身の問題……そういうことでいいんだよね?」
「そ、そんなわけあるか! た、助けたんだから、最後まで助けてくれよ!」
自分が何を言っているのか、ヒートアップする彼は理解しているのだろうか。
一方、周りは俺の言いたいことが理解できたようで……静まっていく。
「ハァ……奴隷にするのは、いちおうでも僕が責任を取るため。街で今、みんなはどういう扱いなのか分からないけど。ただ出れたら自由になれる、なんて妄想を語るのは止めた方がいいよ」
「くっ……」
「だから、僕は奴隷になってでも出ようとする人だけ助ける。少なくとも、こんなことをわざわざ教えてあげるぐらいだし、貞操とか加虐的なことは……うーん、特に何も考えていないから気にしなくていいよ」
男も完全に黙り、再び場は静かになった。
奴隷になってくれるなら、俺もしっかりとした対応ができるのだが……脱走者がどのような制裁を受けるかなど、子供でも分かる。
だからこそ、彼らは選ばなければならないでいる──そしてそれは、どう転んでもロクでもない道しかない。
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