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偽善者と未熟者たち 三十九月目
偽善者と砂漠の旅 その05
しおりを挟む名誉、栄光。
これらは上を目指す人々にとって、必須のもの──いわゆるステータスと呼ばれる証であろう。
そして、ルール。
絶対順守の世界の理と違い、あくまでも人が集団の中で生きるために設けた、『共存する中で守ってもらいたい決まり』。
名誉と栄光を浴び、そしてルールを決める権利を手に入れる。
Z商会という何でも買えると自称する店に対し、俺はそれらを要求した。
これまで笑顔を浮かべていたZも、これには表情を改める。
スッと真顔になった彼は、淡々とした口調で俺に尋ねてきた。
「……理由を、お聞きしても?」
「ただ僕が欲しいから、それだけでは足りませんか?」
「──まったく足りません。お話しした通りこの街には、私共の顧客の方々が居ります。皆様が商品を求め、真っ向から主張がぶつかる場合……私共は優先順位に基づいた判断をさせてもらっています」
「なるほど、つまり今の俺では不足だと。逆に言えば、主張が重ならないならいくらでも協力してくれるんですね?」
そこまで言うと、ようやく笑みを浮かべ直してくれる。
ただ、一言も肯定はしていない……内容次第でいくらでも覆るわけだな。
「ここに来る前、街を見ました。家を持たない人々、その日暮らしも苦しい子供たち、理不尽に殺された無数の死体……少なくとも、彼らにとっての救いは一時的なものでは足りないはずです」
「そうですね、私共もそれなりに援助は行っているつもりではいますが……すべてに行き届かせることはできません」
「僕も全部は無理だと思います。できるにしても、自分の自由が無くなりますし。だから僕は、偽善が好きなんですよ……どうせ使わないモノなんですから──こうやって、自己満足のために使わせてください」
先ほど本を買うために出した額、その十倍の硬貨がこの場に出現。
額で言うと、国家予算とかそれぐらいのレベルをさらに超えるほどだ。
「この金を増やし続けて、それをこの街の貧困問題の解決に使ってもらう……その権利を買わせてください。足りないなら、もっと出すつもりです」
「……なるほど、そう来ましたか。ですが、これ以上は不要です。確認ですが、あくまで貧困層の解決であり、富裕層をどうにかしたいわけではありませんね?」
「はい、そちらで問題があるなら、祈念者の方々が何かするでしょう。僕がしたいのはそういう根本的な解決じゃなく、応急処置みたいなものです」
「──でしたら、問題ありません。ええ、私共も全力でサポートいたしましょう」
いつもよりもニッコニコ、満足げな表情なZに正直引いた。
だが、頼れる相手は彼だけだ……ここが赤色の世界ならルーカスを頼れたのに。
任せることはいたってシンプル──お金を預けて増やしてもらい、それを使って貧困層への支援を行ってもらう。
この世界の場合、徳というか業値があるので行われさえすれば参加する者は多いはず。
たとえ目的は邪であっても、しっかりと評価されるからな。
「そして、ノゾムさんの名前を出す……ということでよろしいでしょうか?」
「はい。可能であれば、この店をご利用している方にも話を通していただけますと……目的は、知ってもらえた方がいいですし」
「高くつき……ああいえ、お客様に関しては問題ありませんでしたね」
もう一度硬貨を出そうとしたが、どうやら不要だったらしい。
Zは改めて、軽く咳をしてから話を元に戻していく。
「こほんっ、了解しました。支援に関しては責任を持って、行わせていただきます。何かご要望などはございますか?」
「特段ありませんけど……そうだ、可能なら一つだけお願いがあります」
「? 伺いましょう」
そして、俺が告げた提案。
その内容に…………これまでで一番の苦悩な表情を浮かべる。
「可能、ではあります……がしかし、それは何とも……」
「僕の提案ですし、必要な情報があればこちらで用意します。何も一から作っているわけじゃありませんので、把握している限りの情報を渡します」
「……分かりました。こちらにも、断片的にではありますが情報がございます。なんとかしてみましょう」
「ありがとうございます」
俺の要望は簡単で、そして難しい。
それでもZは引き受けてくれた……支援のついでに、なんてレベルのことじゃないけども、お陰で事が捗りそうだよ。
◆ □ ◆ □ ◆
この後買い物もしたのだが、残念ながら仕入れには時間が掛かっている様子だった。
支援の方も準備する時間が必要なようで、一日待ってほしいとのこと。
それまで俺はZに紹介された高級宿で、待つ……こともできたんだけどな。
あえてそれを断り、そのうえで俺は安い宿に泊まることを選んだ。
「みんな、お帰り……うん、辛かっただろうけど、それをどうにかするための準備は僕がやっておいたよ」
『……』
「だから今日は、もう寝ようか。明日、またみんなで頑張ろう」
『!』
精霊たちと会話をする俺は、傍から見れば独り言をするヤバい奴。
──それはある意味、別の視点から見ればいい獲物として見えるかもしれない。
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