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偽善者と儚き夢物語 三十八月目
偽善者と現な夢 その20
しおりを挟む今回の騒動、その最大の戦犯である英霊。
それは俺を追いかけた罪を労働で償うことになった『超鋼筋肉』でも、素顔を晒すことになった『隠魔術師』でもない。
最大戦犯だったのは、『夢幻』に忠誠を捧げた男『劇光騎士』。
すべては俺が凡庸だったから起きたこと、当人はそう語っている。
「──なぜ、なぜですか『夢幻』様!? 貴女のような御方に、彼は相応しくないでしょう! 英霊でも、英雄でもない、何も持たぬ彼に何を見出したというのですか!?」
≪なぜ、それを問いますか。『劇光騎士』、ではその返答をする前に、こちらも問いかけましょう。なぜ、私の行動を貴方に決められなければならないのですか?≫
「そ、それは……あ、貴女様に忠誠を誓う者として、相応しくない者を──」
≪相応しくない? なるほど、貴方の主張は理解できました──どうやら、私は貴方には相応しくないようですね≫
その言葉に誰よりも傷つく『劇光騎士』。
正直、見るに堪えないほどショックを受けていた……が、ふらふらと立ち上がり、剣を抜いて──俺の方を向く。
「……そうか、貴様が」
「なあ、『超鋼筋肉』。これ、誰か守ってくれると思うか?」
「いやー、俺には無理だな。隠魔の、そっちはどうだ?」
「……そのまま殺られろ」
残念、英霊たちは主でもない俺を守ってはくれないらしい!
そして、最後の英霊は完全に俺を敵対視している……殺す気満々だ。
やがてその刃が届くギリギリ。
そろそろ抵抗しようと思ったが、その変化に気づき動くのを止める──それと同時、一人の男が現れた。
「──おいおい、俺様がせっかく男として活かしてやったってのに、ここで死んでどうするつもりだよ」
「……好色!」
「おう、劇光。相変わらず頭おかしいよな、お前。たしかに『夢幻』の姉ちゃんはイイ女だ。だが、お前ごときがどうこうできるわけでもねぇんだ。祝ってやれよ、イイ女がよりイイ女になるんだからな」
「邪魔を、するな!」
免罪を受けたもう一人の英霊。
何より、この騒動に関わっていないとはいえ、その舞台となった闘技場でリリム……リリーを取り合う賭け事をやらせた張本人。
そんな男『好色英雄』は、なぜか俺を守るためにここに来ていた。
どうやら、先ほどの『夢幻』の説明は騙すための誤情報だったようだ。
「で、何で俺を?」
「お前の女に頼まれたんだよ、イイ女の頼みは断らない主義なんだよ。たとえそれが、他の男の女でも──元男だろうとな」
「……分かったのか」
「過去はどうあれ、今はお前のイイ女なんだろう? なら、俺はイイ女だと判断する」
うん、言っているのがこいつだから少しだけかっこよく思えるこの台詞。
俺とか一般人が言うと、正直引かれること間違いなしだな。
実際、『超鋼筋肉』は笑っているけども、『隠魔術師』の表情がそれを物語っている。
……言うにしても、その際の容姿を考えてから使うことにしよう。
◆ □ ◆ □ ◆
あえてそれ以上を語る必要も無いだろう。
結局、『劇光騎士』の凶刃は俺に届くことなく、『好色英雄』によって強制的に静かにさせられた。
その後、『夢幻』が向かわせた夢魔たちにより回収され、然るべき処置をすると伝えられその場はお開きとなった。
俺たちは再び強制的に転移させられ、俺は独り案内所の中へ。
しばらく何もせず待っていると、そこに現れた一人の女性。
「お、お待たせしました」
「いや、全然。それよりも一杯、付き合ってくれないか?」
「! ええ、喜んで」
テーブルの上に用意されていた飲み物を、彼女──リリーに注いでもらう。
なお、ノンアルコールなので大丈夫だ、酔うにしてもあくまで雰囲気だけだ。
「しかしまあ、この世界の主に酌をしてもらうなんて……あの騎士、そりゃあ怒って当然な気がしないでもない」
「……彼は生前、満たされない渇望を騎士としての使命に封じ込め、さまざまな貢献を国にした英雄です。ですが……その、私を……個人を忠誠先とした結果が──」
「固執になったわけだ。劇光……つまり光とは逆なわけだ。あの振る舞いが劇的で、読み方も完璧だな。職業なんだか評価なんだか知らないが、言い得て妙だったってことだな」
中世では栄誉ある地位だった騎士に就いていたにも関わらず、満たされない渇望。
そしてそれは、仕えるべき主を知り満たされた──だからこそ、より光は逆転した。
根本的な部分から、彼をどうにかするのは大変だろう。
偽善でやるのもいいが、それはリリーがどうするのか傍観する方が面白そうだ。
その過程で俺が必要だというのであれば、喜んで協力しよう。
……もちろん、死にたくないので制限は解除してからだけども。
そんなことを思いつつ、グラスに注いでもらったドリンクを飲み干す。
思念操作で[メニュー]を操作、[時計]機能で外の世界の時刻を確認する。
「──そろそろ、時間だな」
「……もう、ですか」
「悪いな、カナタに先に伝えてもらったから大丈夫だとは思うが……うん、おかしいな、体が震えてきた」
「ほ、本当に大丈夫ですか? すみません、このような条件を出してしまい」
俺がこれまでずっとここに居た理由、それは同伴者に関する契約に基づいてのもの。
リリム……じゃない、リリーと居る場合、一定時間の滞在が強制される。
まあ、手段を選ばなければ強行突破も可能だろうが、代償はしばらくの入場不可だ。
その程度で『超越種』と接触できるのだ、そう思っていたんだけどな……。
間違いなく起床後、何かあるのだろう……そう考えると、体が勝手に震えてしまう。
しばらくすれば収まるだろう、そう俺は考えていたが──リリーは違ったらしい。
「え、えっと……ぎゅ、ぎゅー!」
「……あ、あの、リリーさん?」
「こ、こうすれば、震え、止まりますか?」
「と、止まるんだが…………なんだろう、別の理由で震えが止まらない気がするや」
うん、こういうのを余罪という言うんだ。
だが、リリーが純粋な善意百パーセントでやってくれていることは分かるので、強くは出れない──後を、覚悟しようか。
俺が今意識できるのは──本当に、その感触が柔らかいことだけ。
「次、会えるのはいつになるんだ?」
「今回の件、メルスさんに危険が及ぶことも考えて、しばらくは保留期間となります。申し訳ありません」
「いや、構わない。ただ、一つだけ頼みごとがあるんだが……」
「はい、可能な限りお応えしましょう」
俺はその内容を伝えた。
少し驚いた様子だったが、すぐに『夢幻』としての意識となって考えてくれる。
「……難しいでしょう。しかし、時間さえあれば問題ありません。まさに、そのお話をしたばかりですね」
「じゃあ、大丈夫なのか?」
「はい。いずれその時が来れば、メルスさんの夢に干渉してこちらへ招きます」
「……可能なら、事前に連絡するとかそういう方法があったらいいんだけど」
いつ可能なのか分かれば、こちらも準備しやすいわけだし。
するとリリーが取り出したのは、小さな鈴だった。
「こちらを。『夢鳴の鈴』と言いまして、これが鳴れば受け入れが可能な状態になったと捉えていただいて構いません。また、こちらの世界で逸れた際の目印になります」
「へぇ、そりゃあいい物を貰ったな。大切に使わせてもらうよ」
「……また、来てくださいね」
「約束もしたんだ、ちゃんと来るよ──だから、今はこれでお預けだ」
席を立ち、リリーの前に跪いた俺は彼女の手の甲にキスをする。
鈴を目印にされたお返し……というわけではないが、まあノリだ。
「~~~~!?」
「ちょっとは、意識してくれたか? 次会ったとき、感想を教えてくれよ」
「め、メルスさん!」
頬を膨らませたその姿に満足し、俺は夢の世界から現実へと引き戻される。
──言うまでも無いが、待っていたのは無数の眼差しだった。
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