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偽善者と儚き夢物語 三十八月目
偽善者と現な夢 その17
しおりを挟む関与していた英霊を煽り、その工作を行った証拠を隠滅してからの逃走。
縛り時と同じだけのスキルしか使えない現状では、そこまで過度なことはできない。
「──“探地”」
地面を媒介に辺りを探る土魔法。
地上に限定される代わりに、その範囲が格段に広いこの魔法で状況を把握する。
「並速思考と並列行動スキルを駆動、情報を纏めていこうか…………かなりの数の人々が走っているな。これが全部、俺を追っている連中なのか?」
夢魔といっしょに居られるというのに、わざわざ急ぐ理由などそれぐらいだろう。
……少なくとも男は、いろんな意味で歩く方がメリットが多いはずだし。
だが実際問題、地面を介して感じ取れる急ぐ者の数はかなりのもの。
闘技場でも思ったが、いったいどれだけの来訪者が協力しているのだろうか。
もちろん、この騒動の結末だけはすべての者が理解しているに違いない。
この世界の主『夢幻』が動き、然るべき処遇を下す……だが、それは先のことだ。
その前に俺を殺すこと、それがおそらく来訪者たちに求められた依頼。
そう易々と殺らせるつもりは無いが、もしものこともいちおうは想定している。
「来訪者の中には強い奴もいるからな……そろそろ、かな?」
「──見つけたぞ、そこだ!」
「っと、やっぱりかぁ……」
大量に起動している隠蔽系のスキル。
だが、真に優れた強者であれば多少の時間があれば見つけ出すこともできる。
そして強者が一人居れば、俺の居場所は周囲に丸バレだ。
飛んできた矢を回避すると、付着した魔力が俺の姿を暴き出す。
「おっと、危ない危ない。みんな、悪いことはしちゃいけないぞー──“消魔”」
「っ、魔力を消す魔法だと!? みんな、奴がまた姿を消すぞ!」
「正解、けど遅……っと、速かったかぁ」
再び目を晦まして逃げようとしたところ、上から降ってきた武器の対処に追われる。
地面を蹴り、壁を駆け、宙を踏んで屋根へと上った。
攻撃の衝撃で立ち込めていた煙が晴れる。
そこには筋骨隆々な男が、堂々と立って俺の方を見ていた。
「がっははは、やるな坊主!」
「そんな力任せに攻撃されてもな……」
「俺のこの鍛えあげられた筋肉を見ろ! これこそが真の力というものだ!」
「…………あんたに暗躍は無理だよ。あの英雄と同じく、殺るなら正々堂々とやった方がいいぞ英霊様」
候補にはあったが、絶対に違うなぁと考えていた英霊の一人。
かつては本人が語るように、バカ力で夢想しまくった男──『超鋼筋肉』。
普段の俺なら搦め手で無くとも、素の能力値で対処できただろう。
しかし、今はその搦め手すら脆弱……すべてを力で解決していた相手は天敵だ。
悪知恵、暗躍、虚言、考察、解説、懇願、二枚舌などのスキルを起動し、言葉でどうにかできないかを考慮…………がしかし、全部無駄だという結論しか出ない。
「おう、それじゃあお前さんを一発ぶっ飛ばしておしまいだ。なぁに、この世界で死んでもお前らは目が覚めるだけ、何も損はしないから受け入れろ」
「……それでも、俺は俺が望んだ死以外は嫌なんだよ。少なくとも、ムキムキのおっさんに殺されるなんてごめんだ」
「がっはっはっは!! だがそれでも押し通る! 嫌なら力尽くで足掻くんだな!!」
「最初から、そのつもりだよ!」
気づいた時にはもう遅い。
スキルで考えていたのは、言葉での対処が無理だった場合の逃走方法もだ。
錬金術で作っていた煙玉。
それを勢いよく地面に叩きつけると、周囲に煙幕を展開する。
魔法や物理的な風がそれを散らそうとするのだが、そこは便利な錬金術。
鈍重な風という、意味の分からない性質によって吹き飛ばそうとするからこそ残る。
正しい対処方法は何もしないこと、あるいは──そもそも煙の上に立つことだ。
「やっぱり、そう来るか。とっさの判断が良過ぎじゃないか?」
「お前さんのような戦士も、昔はたくさん居たからな! 女のために足掻くその姿、俺はお前を戦士と認めよう!」
「ありがとうございます……けど、そんな名誉は要らねぇよ!」
「むっ……これは」
これまた錬金術で作った特殊なスタンプ。
それを靴に塗っていたのだが、押すだけで魔法が使える超便利グッズである。
今の俺は高度な魔法が使えない。
ならば、それを使えるようにと仕込みはきちんとしていたのだ。
発動したのは大地魔法“地基改変”。
地面が激しく隆起すると、誰も立てないレベルで震動が生まれる──そして、それぞれの立ち位置が変わる……上下に。
触媒の方に少々苦労したが、そこはこの世界の品揃えが良かったのでどうにかなった。
そんなこんなで発動した魔法、その効果は絶大である。
「おおっ、やるではないか!」
「……そんな風に登ろうとしているヤツに、言われたくは無いんだけどな」
「がっはっはっは! だから言っただろう、お前さんみたいな戦士は見たことがあったとな! 地面を操る魔法は、こうして手を出しておけば何もできんだろう?」
「その理屈は強者だけしか使えないな……」
たしかに物質を操作する系の魔法は、後から操作する際に妨害が入ると成功率が著しく下がる……が、事前に仕込んだ魔力を超えない限りそれは不可能だ。
強者である『超鋼筋肉』は、常時その体に身体強化が施されている。
その魔力量が桁違いなため、大地魔法であろうと干渉の妨害ができているのだ。
「……まっ、だからこそ二重三重で策は用意しているさ──『地盤反転』」
「むっ、これは……!」
「地面に体を差し込んでいるのが悪い。そのままひっくり返れ」
スタンプは足に二つ仕込んでいた。
そのもう一つを使い、地面を駆け上がっていた『超鋼筋肉』を地中へと沈める。
……まあ、そのうち地面を突き破って戻ってくるだろう。
そんな嫌な信頼感を抱きつつ、俺はこの場から離脱するのだった。
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