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偽善者と眷属誕生 三月目
03-07 路地裏 後篇
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「──やあ、力が欲しくないかい?」
そう告げる謎のノイズは、私たちの前に二つの水晶を差しだした。
一つは温かく揺らめく赤い輝き。
一つはすべてを呑む灰色の輝き。
「おめでとう、君たちは選ばれたんだ。どんな小さなことでもいい、純粋に力を求めてくれた……そして、私が現れた」
詐欺みたいな話だった。
都合よく現れた人が、都合よく自分の欲しがっているものを与えてくれる……だけど、なぜかそれを受け入れている私がいる。
「こ、これはなに?」
「これはね、力の結晶だよ。君たち二人が欲した力がこの中には眠っている。使えばそれだけで力が手に入る……さて、お姉さんは何か気になるみたいだね」
「……そんな物がタダで手に入るなんて思わないわ」
ゲームで言えば呪いのアイテム、それかこの話そのものが嘘という場合もある。
悪魔の誘いに乗ったら最後、対価は自分の命……そんなこともあるかもしれない。
「そうだね、タダではないよ。君たちは強大な力を得る、だけどそれは君たちを取り巻く環境を大きく変えてしまう……当たり前だろう? 財力だって、権力だって、持っているだけで人が近づいていくる」
「……そうね。だけど、いま訊きたいのはそういうことじゃない。間接的な問題じゃなくて、もっと目に見えて起きる変化よ」
「うんうん、しっかりと訊いておくべきことだよ。デメリットはそうだね、私の配下になることかな? とはいってもあくまで形式上のもの、別にパシリにしたり君たちが嫌がることをするつもりはないさ」
一息吐いて、ノイズが掛かった人……ノイズは私たちが気を損ねないように言葉を選んで説明してくる。
隣でその話を聞いている女の子──オブリガーダちゃんは、頷いてそれを聴いていた。
「私はこう見えてプレイヤーだけど、あんまりフレンドが多くないんだ。だから、もし参加条件に人数が有った場合、君たちに力を貸してもらいたいんだ。それ以外は君たちの自由さ、好きなように力を使っておくれ」
「ねぇ……どんなことでもいいの?」
「そうだよ、お嬢さん。私は君たちの行動を肯定しよう、応援しよう、協力しよう……そこに変わらない想いさえあれば、私は仮の上司として、そのすべてを許容するよ」
「そ、そっか! わ、わたしやりたい!」
オブリガーダちゃんにも、何かやりたいことがあったのね……。
そしてそのために、ノイズを言うことを聞こうとしている。
「そうかい、なら君にはこの赤色の水晶を授けよう。きっと、役に立つだろう」
「うん!」
「だけど少し待ってね……君の選択を、教えてほしい」
ノイズは私の方をじっと見つめてきた。
灰色の水晶は地味とかそういう感覚ではなく、私に必要なモノだと主張するようにキラキラと輝いている。
「そうだね、一つだけ言っておくよ。私は誰にでも手を貸すわけじゃない。私は正義の味方なんかじゃない、強い想いを抱くモノの味方なんだ。善も悪も関係ないんだよ、大切なのは何をしたいか……ただそれだけさ」
正直、何が言いたいのか分からなかった。
私を油断させたいのか、騙したいのか、それとも利用したいのか……だけど、やっぱり言葉に嘘は感じられない。
「……良いわ。私も欲しい、その力が」
「良かったよ、君がその選択をしてくれて。さあ、この水晶を授けよう──願わくば、これが君の目的のためになってほしい」
改めて渡された二つの水晶に、オブリガーダちゃんと私は手を伸ばす。
「ちょっと何が起こるか分からないけど……とりあえず死ぬことはないから、安心して」
『えっ?』
その瞬間──激痛が全身を走る。
声をあげることもできず、ただ地面に転がり痛みに耐えることしかできない。
「うん、やっぱり改変に問題があるみたいだね。分かりやすく今の状況を説明するなら、成長痛が一気に発生しているようなものってたとえが一番かな? 私の力は強力だし、これもまたデメリットの一つだったみたい」
ふざけるな、とも言えずにもがき苦しむ。
痛みに涙が零れ歪む視界、その端で同じように悶えるオブリガーダちゃんが映る。
──だけど、その顔は何かを必死に耐える覚悟が決まった顔だった。
「選んだのは君たちだ。過程はともあれ、結果はそのはずだよ。努力イベントをカットして、強大な力だけを手に入れようとした代償がこれなのかもしれないね。けど、忘れられる痛みな分だけ軽い方だよ……」
少しずつ声は遠くなる。
意識は薄れ──融けていく。
最後に薄れた視界から見えたのは……ノイズ越しで見えないはずの目。
自分でやったことのはずなのに、その目はこちらを心配そうに見ていた。
◆ □ ◆ □ ◆
耐えて、耐えて、耐え忍んで……頭の中は空っぽになる。
何も考えない無の境地──ふと、その中で問いが生まれた。
≪どうして、ここまでして力を得ようとしているのか≫
──逃げたくないから、せめて前を向き続けたいから。
≪力を得て、何をするのか≫
──何かを変えたいわけじゃない、何かが起きた時にその場に居続けることができる自分になりたい。
≪力に何を望む≫
──耐える力を。苦難困難に打ち勝つのではなく、立ち向かう勇気を。
≪その願い、聴き受けた≫
◆ □ ◆ □ ◆
不思議と痛みは薄れ、ぬるま湯に包まれたようなポカポカとした感覚を全身で味わう。
だけど、目を開けることはできない……なのになぜ、何かのシルエットを見ている気がするのか。
≪私たちのマスターは唯一無二のお方。しかしその力は他者を必要とせず、万能と全能をマスターにもたらす≫
──何が言いたいの?
≪汝がマスターの眷族となることで、あのお方は孤独ではなくなる。今は繕っておられるが、マスターはひどく脆いのだ≫
──眷族? だから何が言いたいの。
≪これは契約だ。私の力は汝の力となり、汝は私の願いを叶える──どんな形でも構わない。いつか訪れる約定の日まで、マスターと共にあらんことを≫
そのシルエットと声はパッタリと消え、夢から覚めるような感覚が私を襲う。
まったく意味が分からなかったが、言葉に籠めた想いだけはなんとなく伝わってきた。
……面倒事に巻き込まれた気がするわ。
そう思いつつも、なんだか起きたら楽しいことが待っている気がして、ワクワクした気分で目を覚ます。
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