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偽善者と儚き夢物語 三十八月目

偽善者と療養中 後篇

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 夢現空間 廊下


 不人気ながら、眷属たちを支えている鑑賞室を歩き回った。
 特に固有種の『完全遺骸』という、世界にたった一つの展示物をニィナは観たものだ。

 眷属が増えれば、戦力増強のために再び活用するかもしれない。
 ……強奪される心配の無い、そんな便利なアイテムだからな。

 それらを見終えた俺たちは、再び廊下に出で練り歩いていた。
 時間的にはまだ昼下がり、夕食の時間までまだまだ余裕がある。


「鑑賞室も充分に観たわけだが、どこか行きたい場所はできたか?」

「えっ? う、うーん……特には……」

「なら、いい場所があるぞ。ちょうど……ほら、来たな」

「……『恵癒室』? えっと、何となく意味は分かるけど……どういう部屋なの?」


 俺も部屋名そのものの意味は分からんし。
 だがまあ、この部屋もまた鑑賞室同様に髪様からの授かりものだ……こちらに関してはどの神様がくれたのか判明している。


「優癒神の加護を経由したんだろうな。だから部屋の中も、何となく優しい感じの癒しをもたらしてくれる。ある意味、療養にはちょうどいいんじゃないか?」


 優癒神、それはネロの所で回収した四人組の英雄パーティー、その一人が信仰する神。
 当時は神も活動的で、加護の恩恵をしっかりと受けていたのだ。

 眷属になってもらったことで、その加護は形式上でだが俺にも与えられた。
 そのため、条件を満たしたことになりこの部屋が創造されたわけだ。


「優しい癒しって、何?」

「そりゃあまあ……えっと、よく分からんけども。とにかく、癒し効果はあるはずだ」

「……うーん、兄さんがそういうなら」


 ということで、俺たちが次に入るのは恵癒室となった。
 望んだことで部屋がすぐ前に来たので、後は入るだけでいい。

 他の選択肢もあったが、今のニィナにはこの部屋がいいだろう。
 俺の企みなど露知らず、彼女は俺を部屋の中へと連れていくのだった。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 恵癒室


 部屋の中には程よい甘い香りが漂う。
 そして弾力を持つ椅子に座り、ゆったりとした時間を過ごす……これが意外と癒しを得られる行為なのだろう。


「けど、ここも人気無いんだよな……」

「気持ちいいと思うけど……どうして?」

「戦いで一汗掻いて、そのままひとっ風呂浴びる。そのうえでサウナやらマッサージチェアに座って、牛乳を飲むまでやると充分に満足しちゃうんだよ。ニィナも、それはやったことあるだろう?」

「たしかに、アレって気持ちいいよね」


 もともとマッサージチェアなどは無かったが、俺が作って設置しておいた。
 他にもドライヤー(型魔道具)など、銭湯風の施設に改良を重ねたものだ。

 ……体重計だけは、非常にクレームが殺到したわけだが。
 まあ、使わなければいいと押し通したのだが……使われている形跡はあるんだよな。

 そんなこんなでお風呂で心身を癒されるため、わざわざここを使うことは無いのだ。
 せいぜい、こんな時のような状況でも無いと使われないわけだし。


「まあ、人気の無い部屋なんて他にもいっぱいあるからいんだけども……チラッ」

「……訊かないよ?」

「そっか。じゃあ、いいや……」

「……そう、だね」


 人気は無くとも効果はしっかりある。
 だんだんと会話も少なくなり、やがて眠気が……とはならないのがこの体。

 睡眠不要スキルがあるので、目を閉じてもただ瞼の裏側を見ているだけとなる。
 解除すればぐっすり寝れるのだが、今はそのままでいたかった。


「ニィナは……寝たか。しばらくはここで癒されてもらいたいな」


 俺の療養という目的がメインではあるが、彼女に癒しを与えることも狙いの一つ。
 うちの娘たちは、誰も彼もが頑張っているからな……労いの一つもしたくもなる。

 俺の場合は基本的に自業自得ばかりだが、彼女たちはそうではない。
 力を付けようと励んだり、書類の処理に勤しんだりと正当な理由がある。

 だからこそ、皆が使う風呂に癒されるようなグッズを配置したりしているわけだが。
 ここの方が、魂魄の疲れにまで癒しが届くからな……。

 ニィナは『超越種』としての力を扱うために、魂魄まで疲れるようなことをしている。
 しばらくは起きないだろう、それほどの疲労を彼女はこれまで隠していたのだから。 


「──“魄削貢献フンブル・インフルエンス”っと」


 彼女の髪を優しく梳き、緑色に輝く瞳と共に発動させたその能力。
 温かな光が体を包むと、吸い取られるように彼女の中から淀みが現れる。

 淀み、それはニィナが蓄積してしまっていた心身の傷や軽度の状態異常など。
 それらを可視化したものを……自らの中へ取り込む。

 途端、多大な疲労感に襲われた俺はすぐさま座っていた場所へ戻る。
 恵癒室の力が働き、背負ったダメージを癒そうとしてくれた。

 だがまあ、『超越種』としての器と俺の器とでは許容範囲が違う。
 いかに眷属が改造したと言えども、それを動かす俺の脆弱さまでは変わらない。


「まっ、それでも別にいいけど……どうせ寝れば治る話だ」


 あくまでも、睡眠ではなく目を閉じるだけだが。
 その状態で『無吸』を発動させ、少しでも回復力を向上させる。

 そんな時間はニィナが起きるまで、ひたすらに続いていく。
 ──だが結局として、俺の体が完治することは無かった。


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