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偽善者と儚き夢物語 三十八月目
偽善者と療養中 中篇
しおりを挟む夢現空間 廊下
スーの案内で養蜂を見た。
その結果として、蜂蜜を使った料理を作ることになった……療養中なんだが、それ自体が休む行為になるのだろうか。
「蜂蜜はかなり使い勝手がいいからな……特にこっちの世界の物は、その花の性質次第で香辛料としても使えるぐらいだし。うん、ただ甘さを求めるだけじゃないんだよな」
「兄さん、無茶はしないでよ?」
「分かってるって。ニィナ、そうなりそうなら止めてくれよ」
「……もう、人任せなんだから」
再び廊下に出た俺たちは、当てもないまま適当に歩き回っている。
夢現空間は回廊仕様なので、どこまで歩いても決して果ては無いんだよな。
「歩いていてもランダムで扉が配置されているから、次に来た扉へ行こう」
「……前々から思っていたけど、本当にここは不思議な場所だよね? 行きたいと思ったらすぐに扉が現れるし、逆にどこまで行っても目的地が無いと歩き続けられるし」
「悩み事があるとき、ずっと歩くタイプなんだよ。それが反映されたのが、この空間の仕様なんだろう。あと、楽だからすぐに入れる感じにしてあるんだと思う」
ニィナとひたすら廊下を歩くのも、俺はともかく彼女が空きそうだったのでそろそろ目的を決めることに。
そう決めた直後、現れた扉。
そのネームプレートは──『鑑賞室』。
「…………うちでも一、二を争うレベルで人気の無い部屋だな」
「兄さん、兄さんがこの部屋を創ったの?」
「いや、これは貰い物だな。飾っておくと、いちおう補正とかあるんだぞ」
夢現空間の部屋は、基本的に俺や眷属が望む空間を固定することで築いている。
だが一部、俺たちの持つ祝福に対応した部屋が創られることがあったのだ。
今回入ることになった鑑賞室もまた、そんな場所の一つ。
芸術関係の神の祝福を貰った覚えは無いので、いったいどの神なのかは不明だけども。
「補正? 見るための部屋なのに?」
「んー、あー。これはゲーム的な話だが、コレクションを一定数集めると、ご褒美があるみたいなシステムがあるんだよ。理屈的には多種多様なアイテムの発する魔力が、恩恵として部屋に力を及ぼす……的な?」
「な、なんでそんな仕組みが?」
「神の祝福と夢現空間の性質が、おかしく絡まったんだろうな。まあ結果的に、その補正が眷属のためになっているんだから、別にいいんだけどさ」
なお、補正は鑑賞室に納めたものによって多岐に渡り、戦闘系だけでなくドロップ率や果ては移動速度など……本当に何でも補正してくれる。
それはそれでチートなのだが、その分だけアイテムを積まなければならない。
補正を指定はできないので、とにかく寄贈しないといけないのでとにかく大変だ。
「まっ、スキルの力もあって一般的に普及しているアイテム、そして迷宮で注文できるぐらいならレアアイテムも寄贈した。とりあえず、中に入ってみるか」
「…………どれだけ広いの?」
「それも含めて、入ってからのお楽しみということで」
言ってしまうとつまらないからな……新鮮な反応がみたいんです。
◆ □ ◆ □ ◆
鑑賞室
部屋の広さに物理法則は通用しない。
だからこそ、間違いなく想像の上を行っているだろうという反応をニィナから引き出すことができた。
「これは……」
「正直、全然入ってくれる人が居ないから寂しいんだ。必要な情報があれば、図書室で聞けばすぐに分かっちゃうからな。わざわざここに来て、アイテムを眺めようって考えがそもそも無いんだ」
一般的な鑑賞室とやらを俺は知らないが、ここにはケースの中へ仕舞われた物など存在しない……空間魔法で隔離されているため、基本的には不可視である。
納められた品はそれこそ、生物の標本やら幻の霊草など何でもござれ。
魔物を納めている場所では、指定した部位に関する情報を観ることなどもできる。
……それのどこがおもしろいのか、そう言われそうだけども。
要するに、生物の構成すべてを知ることができるわけだ…………人気が無いわけだよ。
有効活用できる人が、うちには全然いないのだ。
せいぜいが迷宮核であるレンとコアさんぐらい、あとはみんな興味を持たない。
一時期だけ、機械系の素材を学びにリアが通っていたぐらいだ。
今では自身の知識がかなりの物になり、むしろ創作知識の多い図書室に行っている。
「だからそうだな、眷属でも通う価値があるのは──こっちのコーナーぐらいだな」
「! これって……」
「特殊展示室、ここは凄いぞ」
ニィナを誘導して、関係者専用通路から向かった特別な部屋。
そこには文字通り、世界にたった一つの展示物が並んでいる。
「……固有種が、こんなに」
「縛り無しの状態で俺が倒すと、基本的にどいつも『完全遺骸』としてドロップするからな。まあ、元【生産神】が得る物としては当然なんだけども」
展示されていたのは、頭上に名前が浮かび上がる選ばれた存在たち。
かつての威光をその身に宿し、今なお強い存在感を放っている。
完全遺骸は基本的に、優れた職人が近くに居る者が得られる特典だ。
俺の場合、自らが高い加工技術を有しているためそれに該当している。
……下手をすると、普通に眷属たちが得るよりもチート臭い品になってしまうし。
逆に失敗すると使い物にならなくなるのだが、それをしないのが生産神の加護の力だ。
「こいつらの情報を読み取り、再構築することで何度でも討伐できる。特典の方は全然アジャストされないけど、まあ性能が良いことに変わりは無いからな」
「…………兄さん、そういうのを本当の意味でチートって言うんじゃないの?」
「うーん、違いが分からないけどな。まあ、使える物は何でも使うもんだ。だから俺は、こいつらの尊厳を貶めてでも、お前たちを守りたい」
ニィナは何も言わず、車椅子を押した。
部屋を出るのではなく、この場に納められたすべてをしっかりと観るために。
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