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偽善者と儚き夢物語 三十八月目

偽善者と真祖復活 前篇

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 第一世界 リーン


「あちゃー、こうなっちゃったか──やれやれ、仕方ないな」


 街の一区画を覆う、紅のドーム。
 それに呼応するように、小瓶に納めていた血がざわめていた。

 幼女だった姿を解除し、ごくありふれた凡人へと戻る。
 同時に、不相応の剣を二振り腰に下げて現場へと宙を蹴って駆け抜けた。


「結界破りは~──“干渉透過”っと」


 そして、二振りのうち透明な刃を持つ方でドームを斬りつける。
 すると何もない場所で剣を振るったかのように、空気を切り裂き道が切り開かれた。

 そんな動きをすれば、周囲から見られる。
 街の人々が俺を視認したことを確認し、魔力を喉に籠めて声を上げた。


「──全員、この場から離れること! いつものことだ、俺のやらかしに過ぎない! 案ずることは無い、誰も死なせはしない! だから今は俺に任せてくれ!」


 返事は聞かずとも問題ない……というか、問題があれば眷属が対処してくれるだろう。
 そんな他人任せなことを考えているのは隠し、ドームの中へ侵入する。

 街を隔離していたドームの中では、影が起き上がり暴れ回っていた。
 同時に赤い霧が全体を包んでおり──突如として、小瓶が破裂する。


「ああうん、これは正当な権利だ。俺は邪魔しないから、持っていってくれ……ただし、まだ残っている人が居たら外に出してくれ」

『…………』


 血がここではないどこかへと運ばれると、それからしばらくして逃げ遅れていた人々がドームの外へと連れられていく。

 俺の方を不安そうに見てくるので、とりあえず親指を上に立ててサムシングポーズ。
 ほっと一息吐いて、彼らはドームから出ていくのだった。


「さて、仕事は果たしたわけなんだが……これはどういうことかな?」


 何も居ない場所に漏らした問いかけ。
 しかしそれに応じるように、赤い霧が集まり人の形を模っていく。

 灰色の髪を伸ばし、紅色の瞳を爛々と輝かせる美しい女性。
 その魔性の美貌は今まさに、人外の魅了を放っている。

 ペフリ。
 俺が集めてきた血の持ち主にして、先祖返りによって真祖として生まれた存在──そして、今は血を十割取り戻した完全体だ。


「残念ですが、血の一部は勝手に帰ってきたものであり、メルスさんが返してくれたわけではありませんので。なので総量の四割分はしっかりと復讐をしておいた方がいいと思いましてね」

「おいおい、ここに居る連中は元奴隷だったり帝国とは違う場所に住んでいたりと、無関係だったはずなんだが?」

「ふふふっ、おかしなことを言いますね。理不尽というものは、いつだって突如として襲い掛かってくるものではありませんか」

「……まあ、それもそうか。お互い、あの時とは違って十全な力を振るえるわけだし。俺としては咽び泣いて感謝して、この街の住民になってくれれば一番いいんだけどな」


 警戒は決して緩めない。
 縛りで能力値は無制限な状態だが、負けないだけで必勝というわけではない……というか、勝利条件は倒すことではないのだ。


「なあ、一つ聞いていいか?」

「ええ、娘のこと以外でしたら」

「ウェナ、これを許してくれたのか?」

「……娘のことは、答えませんよ」


 本来、彼女が今なお身に着けている魔道具によって行動は制限されているはずだった。
 しかしどうやら、その使用者であるウェナが何らかの事情でそれをできないでいる。

 俺も権限を手放してしまったし、魔道具を壊されてしまえば元も子もない。
 ──まあ、そちらの可能性に関しては全然気にしていないんだけどな。


「つまりあれだな、時間制限があるわけだ。この茶番……いや、ストレス発散までが今回の仕事ってことか」

「…………」

「いや、いいとも別に。これ偽善だ、別に善行をしたのにどうして~、なんてバカな話でもない。俺が勝手にやって、そっちも勝手にやった……それだけだろう?」

「意味が分かりません。ですが、好きにやっても良いということは分かりました……少しの間、お付き合い願います」

「ああ、不束者ですがどうかよろしくな」


 制限時間はウェナが止めるまで。
 ペフリの中で荒れ狂うすべての想いを吐き出させたうえで、これからを示さなければならない。

 今はただの無職、【聖人】でも正義の味方でもなく、当然主人公みたいな人格の持ち主でもない俺にできることは……サンドバックのようにひたすらぶつかることだけ。


「魔導解放──“禍つ明けぬは逢魔時”」


 隔離する“果てなき虚構の夢幻郷”でも良かったが、それではウェナが止められない。
 なので発動するのは異なる魔導、結果──世界が薄暗い夜と化す。


「この魔導が続く限り、夜行性としての性質が永続的に発揮できる。しかも、性能は強化される便利仕様」

「敵に塩を送る、でしたか? どうしてそのようなことを?」

「えっ、当然だろ──力の差が圧倒的過ぎるわけだし、ハンデを付けておかないと」

「……本当に、人を腹立たせるのがお上手な方ですね」


 彼女の周囲からずぶずぶと這い出てくる、膨大な数の魔物たち。
 それは彼女に殺された強大な魔物、その生き様であり死に様であり『影』そのもの。

 紅色だった瞳は、褐色に染まり俺と自分の間にできた陰を覗き込んでいる。
 ──空に陰りが生まれたとき、魔物たちがいっせいに襲い掛かってきた。


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