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偽善者と儚き夢物語 三十八月目

偽善者と供血狩り その15

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 メィが海聖剣を用いて引き起こした洪水。
 それによって多くの者が戦闘不能になったが、強者たちは壁に穴を開けることで可及的速やかに水を抜くことで対処した。

 残っているのは騎士が十人ほど、そして数人の貴族……そして──


「やっほーコーテーヘーカ、元気してた?」

「……誰だ、貴様など知らん」

「ふんふん、コーテーヘーカが知らなくても私は知ってるよ。神様におねだりしないで、本当に何とかしようとしたんだよね……でーもー、結局犯人を捕まえられなくて何もできていない残念な人♪」

「……そうか、あの下手人の関係者か」


 かつて帝城へ潜入したとき、俺はペフリのことを尋ねるため彼──ヴァナキシュ帝国皇帝エルダスト・アレク=ヴァンキッシュの下まで足を踏み入れたことがあった。

 まあ、そのときは男だったし、修道女姿の今と照らし合わせることはほぼ不可能だ。
 あくまでも俺は、過去の俺から当時の話を聞いた者という認識になっているらしい。


「それで、貴様らはこのようなことをして何が目的だ? ……いや、言うまでもないか。あのときの男のあの問い、そしてこれまで帝国で起きた出来事の数々。なるほど、狙いはヤツの血か」

「あー、やーっぱり覚えていたんだ。でも、話が早くて助かるなー──返す気はある?」

「無論、あるわけが無かろう。欲しくば力尽くで、それがこの国の掟だ」

「うわー、脳筋ー。まあでも、そっちがそういうならそれでもいいんだけどね。自分たちはクソ雑魚です~、だから血は全部貴方たちにあげます~。そう言ってくれるんなら、その通りにしてあげる♪」


 会話をしている間に、水は穴からすべて抜け切り俺たちは対等な高さとなる。
 俺はメィの後ろで十字架を構え、彼女は海聖剣を構えた。

 皇帝は何もせず、その前に並び立つ貴族と騎士たち。
 彼らはそのほとんどが血を受け取り、人並み外れた身体能力を有している。


「メィお姉ちゃん、時間を稼いで」
《──“血写人形ブラッドドール”、“串刺血杭ブラッドツェペシ”》

「任せて──血の人形、血の棘」

「征け、帝国の威信を見せよ」

『ハッ!!』


 皇帝の命令を受け、何らかのバフで強化された騎士や貴族が動き出す。
 対抗するように場を整え、血の人形で数を増やしたメィが時間稼ぎを行う。

 今回の血は俺の物なので、レベルも相当に高く時間稼ぎには最適だ。
 ……相手は吸血鬼の因子を有しており、倒し切るというのは無理なのだが。


「時間稼ぎにはちょうどいいよね──けど、これを使うのに相応しいタイミングだよ」


 これまではただ運ぶだけだった経典を、パラパラと捲っていく。
 すでに使うべきものは選んである、後は経典に魔力を籠めて取り込むだけ。


「【聖者】──“破魔退邪”」

『!?』

「そして“虚舌之鋒”っと……きゃはっ♪ 本当、他人の血を使ってまで強くなりたいだなんて、クソ雑魚おにーさんたちって大変だよねー。これも全部、クソ雑魚コーテーヘーカがノータリンなのが悪いのかな?」

「よせっ、これは罠だ!」


 皇帝が止めるのも聞かず、騎士や貴族たちが怒り狂い俺の下へ駆け寄ってくる。
 スキル:虚舌之鋒:、その効果は相手の精神を逆撫でする言動が上手くなること。

 ……どうしてそんなスキルを持っていたのか知らないが、まあ有効に使わせてもらう。
 他にも言動による精神的苦痛が肉体にも反映されるなど、いろいろとチートな能力だ。

 それはともかくとして、騎士や貴族たちが一定の距離までやって来た。
 足を踏み入れたその瞬間、ガクリと跪く先頭の集団。


「! これは……『下がれ、命令だ』!」

『ハッ!』

「ちぇー、あんまり釣れなかったなー。だけど、使わせられたみたいだねー命令権」

「……悪知恵は働くようだな」


 吸血鬼の性質を持つがゆえに、彼らは俺の領域で弱体化する。
 それこそが【聖者】の“破魔退邪”、しかもレベルカンスト状態だ。

 対する皇帝が用いたのは、帝や王が有する臣下に対する絶対命令権。
 制約が厳しい代わりに、使いようによっては死すら強要できる危険な力だ。

 ただし、その制約の一つとして日で使える回数が決まっている。
 難しい内容であれば回数は多めに消費されるので、俺を殺せとか直接的なモノは無理。

 本来なら、もっと別の使い方をしたかっただろうに……あーあ、勿体ない。
 こちらとしては、じゃんじゃん無駄遣いしてもらいたいところです。


「さてと、とりあえず今来た人の分だけでもやっておこうか──『絞り出せ』」


 わざわざ俺が動かずとも、[血涙]が勝手に切っ先を増やして伸ばし、倒れている者たちから血を奪ってくれた。

 ドクンドクンと赤い液体が流れ込み、彼らの体は枯れ木のように痩せ細っていく。
 だがまあ、愚かにもペフリの血に手を出したのが悪い。

 そうではない者……『豪刃』のような騎士も居るのだから、断れば良かったのだ。
 吸えたのは僅か五人、だが今までの物も含めてこれで全体の五割ぐらいが集まった。

 残りすべてをここで集め切れるのか、正直それは分からないのだが……まあ、それでも九割は堅いと俺は考えている。


「あとが怖いなー。まあでも、やるだけやるしかないよね! ──“聖域サンクチュアリ”!」
《──“聖捧血祈イエスブラッド”》

「! 聖なる血」

「そして、おまけに──“退屍ターンアンデッド”!」

『────ッ!!』


 聖なる領域を展開し、それを補助するように広げた特殊な血。
 これは聖人(の因子を打った俺)の血を使うことで、聖属性の触媒にできる魔法。

 十字架に全力で魔力を籠め、対象範囲をこの空間すべてに指定。
 藻掻き苦しむ吸血鬼化した者たちに対し、トドメとばかりに“退屍”を発動。

 ……ただし、吸血鬼は別にアンデッドではないのでそこまでの効果は無い。
 だがそれでも、聖属性に対する弱体化は働くため体は動かせなくなる。


「『絞り出せ』」

「! そうはさせ──」

「させない」


 まだ平気だった血を持っていなかった者が動くのだが、そちらはメィと血の人形たちでカバーしてくれる。

 俺は平然と彼らが庇いきれなかった者たちから、ごっそり血を貰っていく。
 ……それでようやく血は八割弱、まだまだ道のりは長いな。


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