上 下
2,365 / 2,518
偽善者と解放への障害 三十七月目

偽善者と東の南釧 その12

しおりを挟む


 対象を誤認させ、対面することを拒んでいたはずの少女に見つかった。
 当時とは異なる魂魄偽装をしていたはずなのだが、それすらも見抜くナニカの持ち主。

 少なくとも普通ではない……才に恵まれた者なのだろう。
 何はともあれ、これ以上逃れようとしても無駄だろう、そう諦めることに。


「ハァ……それで、何の用なんじゃ?」

「…………」

「本当に何も無か? 無かば、俺は──」

「ま、待って! あるって、用事あるから見つけようとしていたのではないですか!」


 チッ、強引に行こうと思ったけどやっぱりダメだったか……。
 背を向けて遠ざかろうとする俺の肩を掴んで、強引に引き留めてくる。


「それで、何が目的じゃ?」

「……あの、その……」

「…………やっぱり──」

「お、お礼! お礼が言いたくて! だからそんなに逃げようとせずとも、良いではありませんか!」


 そこまで言われて逃げるわけにはいかないので、仕方なく足を止めた。
 俺が動くのを諦めたと分かり、肩から手を離し──


「だから、なぜ逃げるのですか!」

「うーん、なんとなく」

「その程度ならば、お礼ぐらい聞いてくれても良いでしょうに! ええい、多少強引にでも聞いてもらいますからね!」

「それ、お礼と言うんか?」


 多少は抗戦を……と思ったが、俺の思考は一瞬で消え失せた。
 逃げようとしたのはたしかに俺だが、このタイミングで現れたからだ──ミントが。


『パパ……って、このお姉ちゃん』

「ど、どうしたのですか? いきなり抵抗を止めて、ようやくお礼を受け取る気になったのですか?」

『! やったねパパ、お礼だって!』

「ハァ……仕方なか」


 ミントの前でいつまでも悪ぶっていても仕方が無いし、大人しく諦めた。
 これ以上やっても、ミントに嫌われてしまうだけだしな。

 まだ少女の名前も把握していないし、ここで関係を築くことも決して悪くはない。
 ……俺が面倒なだけで、プラスなことはたくさんあるからな。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 彼女は自らをおしんと名乗った。
 某放送局の朝ドラにありそうな名前だが、さすがにそれとは関係ないだろう。

 あまり多くを明かさない彼女からは、当然ながら厄介事の気配が醸し出されている。
 ……そして俺同様にそれを嗅ぎ付けたミントは、目をキラキラとさせていた。

 彼女の思考内では『危険=偽善=パパ大活躍』、という考えが浮かんでいるのだろう。
 まあほとんどの眷属と、実際そんな方程式が成り立つような出会いをしてきたけども。

 とりあえず、話を戻そう。
 お辰の家はこの南釧にあり、家族もそこに暮らしている……が、訳あって今は両親と離れなければいけないらしい。

 双方に問題があり、いちおう今は親の行動に目を付けられ人質としての価値から狙われているようだ……うん、詳細はともかく、だいたいの事情は分かった。


「それで、そこまで言ったんじゃ。ありがとうございました、さようならとはいかんじゃろうて」

「──お願いします、しばらくの間だけ私を守っていただけませんか!」

「ああ、いいぜよ」

「そうですよね、いきなりこのような申し出があっても……って、えっ? よろしいの、ですか?」


 そりゃあまあ、後ろで楽しみにしている娘が居ますので。
 どうせ決闘場を崩壊させ、やることも無くなっていた暇人である。

 闘奴や違法奴隷たちは眷属たちに任せ、俺はもう少し偽善を楽しもうじゃないか。
 言い方は悪いが、少女ことお辰は偽善をするための媒介と言っても過言ではない。

 だがそれと同時に、彼女もまた俺を自身のために利用するのだ。
 ……ひねくれていると言われても、眷属以外に無償の想いなど注げないからな。


「構わん構わん。俺もおまんも、お互いにお互いを利用するんじゃ」

「利用……ですか」

「ああ、言い方が悪かったのう。捉え方は好きにせい、だが俺はただおまんを守って自己満足に浸りたいだけじゃ……どうじゃ、がっかりしたかのう?」

「いいえ、貴方の主張も理解できます。ただそうですね……もう少しだけ、言い方があるのではかと思いますけども」

「カカッ、悪い悪い。武威はあっても、礼儀は足りておらんようでのう。そうじゃな、ならばこう言っておこう──どうか俺に、守らせてくれ」


 こうして、改めて俺たちは護る側と護られる側という立場に収まった。
 彼女は利用されないため、俺は偽善をするための選択。

 ……本来の祈念者たちが[クエスト]を発注されていたら、どう反応したのだろう。
 偽善をするため、それらを視覚化していない俺にはよく分からんのだが。

 間違いなくこの南釧内で起きる騒動の主要人物だ、世界……ではなくとも、井島においてもそれなりに重要なはず。

 彼女の損失、あるいは捕縛が何らかの形で大きく騒動に関わってくるだろう。
 それを守り抜いたとき、果たして井島という国そのものがどうなるのやら。


「それじゃあ、さっそく行くとしよう」

「えっと……どちらへ?」

「決まっておろう、おまんの家じゃ。向こうで待って、問題解決を待つ。これで充分じゃき……問題あるか?」

「えぇ……」


 待ち合わせなども無いようなので、一度帰宅した方が集合にも向いている。
 また、何か資料があれば解決の糸口も見えてくるかもしれない。

 すべてを開示しなかったのだから、必要な情報収集をしてもいいだろう。
 自分勝手な理論をでっち上げ、俺たちは目的地へと向かうのだった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

乙女ゲームのヒロインに転生したのに、既に悪役令嬢がちやほやされていた〜恋愛は諦めて魔法を極めます!〜

櫻田りん@【筆頭魔術師様2】9/10発売
恋愛
前世で何度もプレイした乙女ゲーム『マホロク』 六人目の隠しキャラをどうしても発見できなかった私はある日、このゲームのヒロイン──ジェシカに転生し、それはもう歓喜した。  「もしかしたら隠しキャラを見つけられるかも!?」 しかし、ジェシカに待っていたのは、何故か悪役令嬢がちやほやされている世界。 しかも、悪役令嬢の策略により隠しキャラ以外の攻略キャラたちには嫌われ、ジェシカは学園中から悪者扱いされていた。 このままでは、恋愛はおろか青春も満喫できない! それならばせめて、前世のようなブラック企業で働かなくて済むように、高待遇の魔法機関への就職を目指して魔法を極めることに。 すると何故か、これまで挨拶しかしていなかった隣国の留学生──オーウェンが、魔法の修行を手伝うと申し出てくれて……? 嫌われヒロインに転生したジェシカの魔法学園生活、開幕! 小説家になろう様でも掲載中です。

婚約破棄されまして(笑)

竹本 芳生
恋愛
1・2・3巻店頭に無くても書店取り寄せ可能です! (∩´∀`∩) コミカライズ1巻も買って下さると嬉しいです! (∩´∀`∩) イラストレーターさん、漫画家さん、担当さん、ありがとうございます! ご令嬢が婚約破棄される話。 そして破棄されてからの話。 ふんわり設定で見切り発車!書き始めて数行でキャラが勝手に動き出して止まらない。作者と言う名の字書きが書く、どこに向かってるんだ?とキャラに問えば愛の物語と言われ恋愛カテゴリーに居続ける。そんなお話。 飯テロとカワイコちゃん達だらけでたまに恋愛モードが降ってくる。 そんなワチャワチャしたお話し。な筈!

異世界帰りの底辺配信者のオッサンが、超人気配信者の美女達を助けたら、セレブ美女たちから大国の諜報機関まであらゆる人々から追われることになる話

kaizi
ファンタジー
※しばらくは毎日(17時)更新します。 ※この小説はカクヨム様、小説家になろう様にも掲載しております。 ※カクヨム週間総合ランキング2位、ジャンル別週間ランキング1位獲得 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 異世界帰りのオッサン冒険者。 二見敬三。 彼は異世界で英雄とまで言われた男であるが、数ヶ月前に現実世界に帰還した。 彼が異世界に行っている間に現実世界にも世界中にダンジョンが出現していた。 彼は、現実世界で生きていくために、ダンジョン配信をはじめるも、その配信は見た目が冴えないオッサンということもあり、全くバズらない。 そんなある日、超人気配信者のS級冒険者パーティを助けたことから、彼の生活は一変する。 S級冒険者の美女たちから迫られて、さらには大国の諜報機関まで彼の存在を危険視する始末……。 オッサンが無自覚に世界中を大騒ぎさせる!?

田舎貴族の学園無双~普通にしてるだけなのに、次々と慕われることに~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
田舎貴族であるユウマ-バルムンクは、十五歳を迎え王都にある貴族学校に通うことになった。 最強の師匠達に鍛えられ、田舎から出てきた彼は知らない。 自分の力が、王都にいる同世代の中で抜きん出ていることを。 そして、その価値観がずれているということも。 これは自分にとって普通の行動をしているのに、いつの間にかモテモテになったり、次々と降りかかる問題を平和?的に解決していく少年の学園無双物語である。 ※ 極端なざまぁや寝取られはなしてす。 基本ほのぼのやラブコメ、時に戦闘などをします。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

スキル喰らい(スキルイーター)がヤバすぎた 他人のスキルを食らって底辺から最強に駆け上がる

けんたん
ファンタジー
レイ・ユーグナイト 貴族の三男で産まれたおれは、12の成人の儀を受けたら家を出ないと行けなかった だが俺には誰にも言ってない秘密があった 前世の記憶があることだ  俺は10才になったら現代知識と貴族の子供が受ける継承の義で受け継ぐであろうスキルでスローライフの夢をみる  だが本来受け継ぐであろう親のスキルを何一つ受け継ぐことなく能無しとされひどい扱いを受けることになる だが実はスキルは受け継がなかったが俺にだけ見えるユニークスキル スキル喰らいで俺は密かに強くなり 俺に対してひどい扱いをしたやつを見返すことを心に誓った

処理中です...