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偽善者と解放への障害 三十七月目
偽善者と東の南釧 その11
しおりを挟む嫌な予感というか、まだあるだろうなぁという感覚が治まらない。
それは決闘場で動けない闘奴たちを癒しても、変わらなかった。
そもそも、どうして借金などではない違法な奴隷が決闘場に居たのか。
非合法な形で奴隷として売買されていたのかなど、まだ問題が多いからだろう。
「開国を望む者たちが住む場所。そこに奴隷の要素が混ざると……うん、ロクなことにならないな」
自由大陸において、もっとも井島と近くにある国──それはヴァナキシュ帝国だ。
そこでは奴隷も許容しているし、ついでに言うと裏で非合法な売買もやっている。
だがそんな非合法な売買も、『一家』が見回ることで最近は行われなくなった。
信用できる奴隷商を使い、これまで通りに集まってきた奴隷たちは『一家』が回収。
元の場所に返したり、連れてきた連中に焼きを入れたりなどしている。
いずれは非合法な奴隷は無理だと諦め、周辺で奴隷狩りはされなくなるだろう。
──が、それもまだ先の話。
急速に進む奴隷問題の改革を、もしもまだ南釧が知らなかったなら……次の輸送に向けて、準備をしていたのかもしれない。
引き返すのが面倒という理由で、それを知る術も無かった。
どうすればいいのやら、そんなことを思いながらも昼の街中をふらふらと彷徨う。
「うーん、やっぱり決闘場の騒動は話題に挙がっているな。ただまあ、紅桜に関しては実行して成功だったと思う」
居なくなった紅桜に関して、誰も彼もが野蛮な魔物という認識しかしていない。
いずれ起きていたであろう彼女の敗北、そして死を強く望んでいたからこそだ。
無敗の闘士など望まれていなかった。
祈念者が訪れたとき、彼女はいったいどんな救済を与えられていたのだろうか……今となっては、誰も知る由もない出来事だ。
「謎の奇人『斬人』現るかぁ。二刀流ではあるけど、双剣使いじゃないんだよな」
厨二病を患っているリヴェルなら、さぞ喜ぶことだろう。
しかし俺にそういった趣向は…………まあそこまで無いので、あまり嬉しくはない。
なお、二刀流は二つ以上武器(体含む)を使えば何でも該当するが、双剣は双方が剣でなければ定義に反してしまうぞ。
そんな剣と銃の二刀流の男が、決闘場で何かをしたと騒ぎになっている。
あまり見られた覚えは無かったのだが、やはり見られる者なんだな。
それでも銃のことはあくまで銃声や証言から明かされ、人々のうわさの中ではやはり決闘場に深く刻まれた斬撃の痕について語られることが多かった。
派手にやったせいか、一部始終をばっちり見ていた者が居たようで……ミントとのやり取りも、虚空を見るという奇人っぷりと共に把握されていたのかもしれない。
「まあ、それが原因なんだろうな……顔を出した直後のアレは」
今は魂魄偽装で武器も含めて認識を誤魔化しているが、それをするまでに向けられた視線を思い出す。
詳細な容姿に関する情報はバラバラだったので、確実と思われる刀と銃の二刀流から犯人を特定しようとしていたのだ。
縛りをしている今、わざわざそれを変更する気はない。
初日に遭遇した演説者は、今頃何をしているだろうか……彼も同じスタイルだったし。
「……あっ」
広い場所へ出たのだが、ちょうどそこで演説が行われていた。
内容は明かされた奴隷の存在、それは開国が成されていないからだという話。
矛盾だらけで指摘できる箇所も多いが、それは事情を知っているからこそ。
不確かな情報に踊らされている人々にとって、重要なのは受け入れやすいかどうか。
その声は人々の耳から脳に浸透し、主張を多くの者へ届ける媒介となっている。
妙にしっくりと伝わる声、それは一種の才能なのではないだろうか。
歴史的偉人の中にも、そうして成り上がった者が居るのかもしれない。
演説、そして演説者の姿を見ながらそう考えていると──背後に気配。
「! お、おまんは……」
「その反応、やはり見覚えがありますか?」
「……。はて、何のことか」
「その独特な言い回し、間違いないですね。あのときははっきりと見ていなかったからか曖昧ですが、こうして顔を見れば……その違和感、間違いありません」
それはミントに頼まれ、この街で一番最初に干渉した揉め事の少女。
適当な訛りで追手を排除し、盛られていた毒はポーションで癒してやった。
だがそれが分からないように、魂魄偽装で演説者と勘違いするよう仕組んだのだが……どういうわけか、あのときの人物が俺だと確信しているようだ。
違和感、つまり俺ではなくあのときの違和感と同じ感覚の発生源を探した、ということになるのだろうか。
魂魄偽装、それは俺という存在を認識できなくなるような極限の偽装能力。
防ぐことは敵わず、同じく認識によって発動する邪縛を抑え込むことができる。
だというのに、そんな俺を見抜いたのか。
まあ、眷属には通用していないし、まったくできないわけじゃないが……つまり眷属と同程度に偽装を見抜く才があるようで。
そんな少女が、偶然街を彷徨っているわけなどない……俺を見つけて、いったい何をしようとしているのやら。
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