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偽善者とお仕事チェック 三十六月目
偽善者と魔王城潜入 その08
しおりを挟む空気吸引──それが、この迷宮に封印された『息生消鎮[ブレスエット]』の能力。
火のない所に煙は立たぬ、空気の無い場所で魔力は使えない。
本来は一定領域内の魔力の流れを封じるだけの代物だったはずが、何の間違いか似て非なる空間を生み出す代物となってしまう。
結果として、呼吸を必要とするあらゆる生命体にとって害悪となる代物と化す。
そうではない存在でも、活動に必要な魔力が無くなれば無力化されてしまう。
《『回廊』様。いかがなさいますか?》
《…………》
《おそらく、人族の街に投げ入れるだけで絶大な被害を生み出すことはほぼ間違いないでしょうが……そろ、我々が回収できなければそれも不可能です。【魔王】様からのご指示に、何か策はありませんか?》
《…………いえ》
相手の情報は持っていたはずだが、能力を暴いた際の驚きは本物だった。
つまり、[ブレスエット]の誕生秘話は聞いていても、現状は知らされなかったのか。
封印前ですら、周囲から魔力を奪い取っていたのに、解放したもんだから今まで取れていなかった分まで、周囲の魔力をごっそり奪おうとしている。
このまま何もしなければ、間違いなく俺も『回廊』も文字通り枯渇するまで魔力を奪われることになるだろう。
《幸いなのは、[ブレスエット]にこちらへの殺意が無いことですね。あるがままに、生まれてから自身の使命を果たしているだけ。そう、『魔法を殺せ』。己が能力の限りを尽くし、その任に従事しているだけのこと》
引き起こした膨大な被害、そしてそこで得られた想いと糧。
それは、ただの魔道具に過ぎなかったはずの[ブレスエット]に力と意思を与えた。
それでも[ブレスエット]は、ただ言われた使命を果たし続けるだけ。
止めようはいくらでもある……が、現状でそれを行うのは難しい。
向こうから特段、攻撃をしてくるような様子は無かった。
それはそうだろう、何もせずともこの場に居るだけで魔力は刻一刻と減り続けている。
労せずとも、いつか魔力が尽きれば呼吸確保の魔道具が使えなくなり──死ぬ。
殺す気は無かった、ただ魔力を欲しかったと語る犯人ならぬ犯物に殺されるわけだ。
《『回廊』様!》
《ッ……!?》
《お訊きしましょう──この迷宮には、何が隠されているのですか?》
《な、なんでそれを……。ッ!?》
ビンゴ、やっぱりあった。
当初の予定では、[ブレスエット]を回収後に『回廊』は俺と別れてそのもう一つの目的を果たしたかったのだろう。
おかしいとは思っていた、核となるはずの[ブレスエット]が階層主の間に居たから。
……つまり、最奥には迷宮核として扱われるようなナニカが存在している。
正直、勘を頼りにした当てずっぽうなカマかけではあったが……うん、良かった。
幸運スキル、ちゃんと機能してくれたのかもな。
《加速的に魔力の吸引が行われている以上、あまり長くは持ちませんよ? それとも、安全に持ち帰る手段をご用意されてますか?》
《…………いえ》
《あるいは討伐ですが……死霊術師とは相性が悪いですね。豊富な魔力を有し、それでいて魔法などに頼らない。そんな存在だったなら、話は別なのですが》
格段に位階もお高めなので、当人……当物にその気が無くとも高い能力によって、討伐までには相応の時間が掛かるだろう。
こういうのって、修復機能が付いているのも定番だしな。
こっちから奪った魔力で直すだろうし、本当に長引くはず。
単に空間に穴を開け、そこに押し込む……なんて考えだったら本当に浅はかだ。
時間を掛け、格を上げた[ブレスエット]は自身に干渉する魔力現象を拒絶する。
はてさて、どうしたもの──
「──やれやれ、封印が解かれたから何事かと思う。これはどういう状況?」
かと思っていたら、どこからともなく聞こえてきた肉声…………おかしい。
空気ごと魔力を奪われるこの環境下、なぜそれが可能なのか。
発生源は──[ブレスエット]の先、守られているはずの最奥部!
「悪魔と陰魔のハーフの少女、それに……魔族? なんだこれ、気持ち悪。よく分からないが、とにかく気持ち悪」
独特の言い回しで俺たちを観察してくる声の主、声音からして女性だとは思う。
ただ、魔族って年齢と見た目にかなりの差があるからな──参照はうちの合法な学者。
今の俺は因子を打っている影響で、一時的に<畏怖嫌厭>の効果は発揮されない。
ならば、彼女が俺を不快に感じるのは異なる理由……因子そのものだろう。
「まあいい、それよりも今はこれ。君たちはこれをどうする? ……ああ、これのせいで声が出せないんだっけ──これで良い」
無詠唱で何かをしたようで、空間が大きく変化する。
無かったはずの空気が突然現れ、いきなり呼吸ができるようになり──咽てしまう。
チラリと『回廊』の方を確認するが、どうにも恐怖で動けなくなっているようで。
理由は彼女の圧か、それとも語られた経歴か……いずれにせよ、交渉はまだ無理か。
「えっと、初めましてですね。私は魔王軍に所属する死霊術師、ガイストと申す者です。此度は【魔王】様より命ぜられ、この地に掛けられた封印を解きに来ました」
「……まあ、たしかにコレはそれだけの価値がある。だけど、絶対に封印を解くなと伝えていたはずなんだよ──何故?」
「すみません。実は私、雇われてからそう長くはありませんでして。いきなりここに来て早々、呼吸ができなくなったり魔法が使えない場所での探索となっているのですが」
「自業自得。君には君の目的があって、その結果ここに来る。ならば、そんな誤魔化しはしない方が良い」
しかしまあ、[ブレスエット]も大人しくなって……はいないようだけども。
吸われる魔力以上に、彼女が膨大な魔力を用いて封殺しているわけだ。
同時に、術式を[ブレスエット]に掛けようとしている。
とても見覚えのある……そう、つい先ほど見かけた物に似た形式で。
「このまま帰るのは、君たちの王の意向に背く。だから名乗っておこう──『封印者』、そう伝える」
そう言って、彼女が手を薙ぐと──視界は一変、俺たちは迷宮の外に弾かれていた。
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