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偽善者とお仕事チェック 三十六月目
偽善者と妖術修練 後篇
しおりを挟むまだまだ続く、リンカによる妖術の習練。
ようやく補助なしの“妖化”、その初めてのケースに成功したものの、その次の段階である妖術で躓いている。
妖術と魔法は似て非なるものだ。
まあ、そもそも井島で伝えられているさまざまな術式の運用技術そのものが、魔法とは異なっているのだけれども。
その中でも妖術は、現実で認識されている呪術の下位互換である『妖術』とは違う。
この世界における妖術とは──妖怪たちの共通認識が生む、自己認識の書き換えだ。
故に使うものは魔力ではなく精気力、そしてそれを己に適合させた妖力。
自分たちの抱く己の種への幻想、それをその身に体現する……それが妖術。
「……とまあ、ここまではバカな俺でもある程度分かったんだけども。分かったところで現実に反映できないと、意味無いんだよな」
鬼であれば力、妖狐であれば幻……得意なものであればあるほど、過去から積み重ねてきた成功のイメージが、更なる強化へと繋げられていく。
要は昔はアレができた、なら今もコレができる……という連想だ。
自分たちのことだからこそ、妖怪たちは妖術を自在に扱える。
「けど、俺みたいにそんなイメージの欠片も無いヤツがやっても、そりゃ上手くいくわけないよな」
「失敗、挑戦」
「術式を視て、それを真似るだけでいい魔法とは大違いだよ──『病魔風』」
形だけの妖術、自分なりのイメージで送りだした病魔の流れは、リンカに届く前に自然消滅。
その点、ギーに模倣を頼めば発動時のすべてを模倣してくれるから簡単なんだよな。
さすがは神器、手の届かないところまできちんとサービスが行き届いているよ。
「──集中」
「わ、悪い……ただ、ちょっと妖術は反復練習に時間が掛かりそうでな。少し、休憩しておかないか?」
「……了承」
このままやっても意味が無い、そう判断したからだろう。
用意した椅子に座り、二人で話しながら休憩を取る。
ご機嫌取りに用意したのは、お茶や麩菓子などの和菓子セット。
少々目を輝かせたご様子で、ひょいひょいと口に放っていく。
「なあ、リンカ。今のところ鬼と妖狐の妖術しかあんまり覚えていないけど、妖術ってそう数は多くないのか?」
「……否定。一部、肯定。多種多様」
「つまり、種族によるってことか?」
「仮定、鬼。多種多様。妖狐、少数。選択、特化」
まあ、種族によるわけだ。
鬼は妖術をたくさん作り、逆に妖狐は自身に合う妖術を選んでそこを伸ばしたと。
たしかに、鬼と言われればかなりいろんな個体がイメージできるが、妖狐と言われると尻尾の数や狐火といったイメージで固定される気がする……そういうところかな?
数で勝負するか、質で勝負するか。
どちらであろうとも、最後に勝てばいいわけだし……この場合、敵対存在は妖怪なのか人族なのかはまた不明だが。
「──両方」
「時と場合によりにけりってか。まあ、人も同じようなもんだし、それはいいか。最後にこれだけ聞いておきたいんだが……」
「?」
「ぶっちゃけ、俺に妖術を扱う才能ってあると思うか?」
まあ、返答は聞かずとも分かるだろう。
◆ □ ◆ □ ◆
剣技を教えてくれているティル師匠曰く、一流の剣士までは努力だけで到達できるが、それ以上は絶対的な才能が必要らしい。
ただし、一流以上にしかできないのは、その道の先を示すことだけ。
一度開かれさえすれば、どんなことでも努力次第でできるようになるとのこと。
要するに、何も無い所を歩くことはできずとも、一度誰かが歩けることを証明すれば、理論上は誰でも通れるようになるのだ──ただし、才無き者は相応の準備が必要だが。
「……終了?」
「とりあえず、今日は終わろうか」
さて、才能は無いと断言されている俺、結局というか当然というか、一日で補助なしでの妖術習得は無理だった。
すでに夕食前、いろいろとやったがそれでも俺自身で使うのは無理という結論に至る。
もちろん、リンカ的には少しずつ上達していたらしいが。
分かりやすく言うなら、完成を100%とする熟練度が未だに10以下なのだ。
凡才な俺が必死に足掻いても、1以下でしか増えない熟練度では完成など程遠い。
ティル師匠の剣技の場合、彼女が教える方の才もあったので比較的早く一流になった。
今回のケースの場合、リンカが悪いわけではなく妖術の覚え方が剣技とは違っている。
肉体に動きを染み込ませればいい剣技と、発動までの過程が面倒な妖術だからな。
手間が掛かるのだ、使うにも学ぶにも……というわけで、タイムアップだった。
「とりあえず、自習は欠かさずにやるよ。妖気の変換、あとは“妖化”。それだけでも、妖術の成功率が上がるんだろう?」
「肯定。妖気、親和。現象、発露」
「精霊術も運用術もそうだが、やればやるほどちゃんと身に突いているのが分かるから面白いんだよな。まさに芸は身を助ける、縛り中にできることは多い方が助かるよ」
「応援、頑張」
やることがかなり増えているが、こちらの世界では時間を停止させたり並列行動が用意だったりとするので、決してできないわけではない。
先ほども言ったが、やればやるほどそれが目に見えて反映されるのだ。
修行中毒とまでは言わないが、凡人でも何かを成し得るというのは心地いいんだよな。
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