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偽善者とお仕事チェック 三十六月目
偽善者と緑鬼練戦 後篇
しおりを挟む妖術は一部の者にとって、絶対的なリスクが存在する。
妖術の源である妖気、それを使い続けることで肉体が人から魔へと近づくことだ。
魔法は魔力を基に使われているが、そちらはあまりそういった弊害の無い使用法だ。
しかし、妖術の基である妖気は、そもそも妖怪に近しい存在のみが有している力。
それゆえ、妖気が肉体を蝕み人ならざる者へと変貌していく。
純正の妖怪じゃない場合も、血の濃さはともかく性格的な部分は妖怪のそれになる。
──まあ、俺には関係ないんだけども。
「「──“鬼々壊々”!」」
互いに発動させた身体強化の妖術。
鬼としての性質を活性化させ、ただの身体強化だけでなく、痛覚遮断や軽い狂化といった効果も同時にもたらす。
優れた術者であれば、狂化の影響も無視することができる。
だが、その力に溺れた者は……最悪、そのまま解除できなくなるデメリット付きだ。
「「うぉおおおおおおおおおおおおお!」」
まずは準備運動程度に、武技を用いない剣技だけでの勝負。
先ほどの“鬼々壊々”、鬼の系譜に属していない俺の方が効果は弱くなっている。
そのため剣技も豪快な振り回しはできず、ティル師匠仕込みの大剣使いだ。
受け流し、持ち手の調整、物理法則などあの手この手で斬撃の嵐を凌いでいく。
「さすがは我が主! 引くことなく、喰らい付いてきますか!」
「初期の設定通り、リョクのスタイルに完全に合わせられれば良かったんだがな……さすがに無理だったみたいだ」
「そんなことはありません! ですが、それならばもっと、我が主の全力を!」
「了解、やれるだけやってみるよ」
会話をするぐらいの余裕があったのは、ここまでだ。
以降はリョクが“鬼々壊々”の効果をさらに高め、より過激な攻撃を行うようになる。
呼吸不要スキルは現在使っていないので、対処すればするほどに酸素が減っていく。
そうなると、パフォーマンスにも影響が出る……長くは持たないのだ。
距離を取ろうにも今のリョクは大抵のことは、力で捻じ伏せることができる。
使える妖術は少ないので、空間魔法で一気に離脱……といった手段は使えない。
「──“氷糸鬼”」
氷を糸状に生みだし、気づかずに触れた相手を凍らせる妖術。
ワイヤーのように周囲に張り巡らせ、離脱する際に追いかけてくる際の足止めに使う。
だが、目に見えるあからさまな罠などリョクは踏まない。
そのため、俺はワイヤ―風の太さとは別に極細の糸も生み出していた。
「なのに──なんで飛ぶんだよ!」
「我が主のことですので、ワレでは予測できない仕掛けの一つや二つ、配置しているものと思いました。ならば、張り巡らせることのできない上こそが正解でしょう」
「その通りですよこん畜生!!」
だが、跳躍したことで、とりあえずの目的である呼吸はできた。
再び正常に巡るようになった思考で、更なる策を構築していく。
「──“鬼刀”、“怪離鬼”」
剣に妖気を纏わす、あるいは妖気で刃を生み出す妖術。
そして、身体強化の中でも頑丈さと力強さに特化した強化をもたらす妖術を発動。
これから行う剣技に、これらの下準備は必須だった。
リョクはそんな俺の構えを見て、次に俺がやろうとしていることを理解する。
「勇鬼流──」
「──刀剣術」
「「──“鬼哭讐襲”」」
二人同時に放ったのは、妖気によって空間すらも切り裂く斬撃。
その際、あえて音を鳴らし、相手によっては弱体化するというおまけ付き。
音はまるで亡者が呻くような、背筋が凍るような禍々しいもの。
それが二ヵ所で同時に鳴り響き、斬撃同士がぶつかった直後──さらに悲鳴が高まる。
「「疾ッ!」」
その瞬間、俺もリョクも地面を爆発させる勢いで蹴りだし前方へ加速。
だが途中で急停止──上段の構えを取り、その勢いを利用して振り下ろす。
「「──“軌鬼一發”!」」
再び斬撃が宙を飛ぶ。
今度は音など発生しない、純粋な斬撃の衝撃によるぶつかり合い。
注いだ妖気の分だけ、威力が増すというパワータイプ向けな一撃。
──なので今度の勝負は、片方の斬撃が押し切る形で終わる。
「これで終わりです、我がある──!?」
リョクの目に俺は映らない。
斬撃同士がぶつかった直後、瞬時にある妖術を使って身を隠したからだ。
本来であれば、子供騙しに等しい児戯なので見つかるのだが。
しかしあのとき、あの瞬間だけは妖気の爆発が俺の感知を難しくしていた。
「──“鬼闇”、“鬼風”」
「! そこか!」
「──“血鬼乱武”」
当然、再び冷静になったリョクであれば俺の場所などすぐに見つけられる。
隠蔽効果も幻惑効果もあっさりと破り、見つけだされた俺。
しかし、そのときには次の妖術は完成していた──“鬼々壊々”を遥かに超える、バーサーカーと化す妖術だ。
「けど、俺は問題ないしな。というわけで、また接近戦だ!」
「! ええ、喜んで!!」
どれだけ狂っても、{感情}によって平常に戻される仕組みを活かした鎮静化。
これもまた、リョクではできないが……もうその点だけは負けを認めよう。
しかし、勝負だけはリョクを満足させるために手を使い尽くして勝ちを得た。
その覚悟は、やや抑えきれない高揚感から釣り上がった笑みから零れ出ている。
「リョク! どうだ、楽しいか!」
「はい、やはり我が主は最高です!」
一人と一鬼はこの日、終わることのない永い闘いを…………と行きたかったが、途中で食事の時間になったので普通に終わった。
いっしょに食事を取り、それでも興奮が抑えきれなかったリョクと共に──この先は、秘密にしておこう。
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