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偽善者と愚者の果て 三十五月目
偽善者と欲深き迎撃 その10
しおりを挟むセイリュウを下し、ビャッコにスザクと共にぶつけた。
これでしばらく時間が稼げる……ということで、次に俺が向かったのは──
「息災か?」
「! ……『餓王』。いや、今は『慾王』だという話だったな」
竜宮(仮)。
現在、東と西の軍勢から同時に攻められている哀れな北の領域。
そこを統べる魔者ゲンブと、俺は久しぶりに相対していた。
前に一度、力を根こそぎ喰らって弱体化したが……チッ、イケメンに戻ってやがる。
「話が速くて結構。スザクとセイリュウを隷属した、ビャッコ……そしてついでに貴様も隷属しておくぞ。ああ、安心しろ、隷属の対象は貴様だけだからな」
「…………こいつにまで手を出したら、俺はどんな手を使ってでも貴様を殺す」
意味不明なこの会話も、ゲンブという存在の特殊性を顧みれば分かること。
彼の背から生えた尻尾、それは本来ではありえない──蛇の頭部。
ゲンブとは、『玄武』であり『玄冥』である二面性を持った魔者。
現在は『玄武』が俺に従属しているが、眠れる『玄冥』はそうではないのだ。
俺としても、本気で暴れられた時の被害がどうなるのか分からないので提案を了承。
これまでの二人とは違い、魂は奪わずそのまま“永劫隷属”だけを施した。
「ぐっ……それで、用件はなんだ?」
「いや、褒美をやろうと思ってな。俺は忠実な僕には寛容なんだ──くれてやろう」
「これは……まさか、万能薬!?」
蘇生薬が損傷の治療において最上位のポーションならば、万能薬は異常の治療における最上位と言えよう。
現在、『玄冥』が起きない理由は俺が活動に必要なエネルギーを喰らったこと、そして最たる原因は魔獣として与えられていた加護とそれに伴う能力を剥奪されたこと。
他の個体と違い、二体で一体のような性質だったゲンブ。
特に、魔獣としての性質を担っていた方がより影響を受けたのは仕方のないこと。
「──すぐには癒えぬだろうが、この戦いが終わる頃には目も覚めるはずだ」
「…………かたじけない」
「ふんっ、俺にとっては価値の無い物だ。貴様らにくれてやっても構わん」
その場で万能薬を飲み干すゲンブ。
俺的には特に変化は見えないが、彼的には何か良い変化があったようで……なぜか頭を下げてくる。
「もういいだろう、それよりも現状の報告を済ませる」
「あ、ああ……見たとは思うが、今は城の外で抑えているが、いずれは瓦解するだろう」
「そうか……セイリュウ軍はすでに引かせている。そうなれば、どうなる?」
「! そうだったな。ならば、一時間ほど持たせられるはずだ。奴らの撹乱ほど、厄介なものは無かったからな。いかに防御に長けた我らも、長くは持たない」
正直、指揮なんてのはノリでしかできない俺と違い、これまでの実績があるゲンブの言は信頼している……というか、何が正しいのか俺には理解できないのでお任せだ。
眷属に聞けば分かるだろうが、今はそれを必要としていない。
……いやほら、別に俺の関係者が参戦しているわけでもないから。
まあ、そんな俺の割り切りはともかく、とりあえず状況は分かった。
ビャッコ軍は獣系、ゲンブ軍は海産系──攻撃系と防御系というマッチする相性。
だからこそ、ほどほどに時間が稼げていたわけだな。
……もちろん、ビャッコ当人が来ていたら速攻で開城されていただろうけど。
「では、貴様に命令だ──俺と魔者以外の者たちをビャッコに近づけさせないよう立ち回れ。ある程度こちらで処理するから、城攻めに従事している物を程よく捌くだけでよい」
そう伝え、俺は城から脱出。
宙へ飛び、そこから様子を窺い──目的の場所を捕捉する。
そこは爆心地、炎が吹き荒れ樹木が突然伸びるような異常地帯。
それらが瞬時に掻き消され、木っ端微塵にされているのだからなおのこと恐ろしい。
上空に俺が現れたことに気づいたのか、空気の塊が飛んでくる。
躱してそれをジッと観察……うん、やはり爪の形をした斬撃か。
それからすぐ、今度は地上で破壊音が鳴り響いて俺の下に物体が飛んでくる。
勢いのまま、俺に攻撃を……してきそうな気がしたので、剣を取り出して防ぐ。
「──貴様がビャッコか?」
「おうとも! 俺様がビャッコだ!」
「……やかましいな。いちおう聞いておく、貴様は俺に従属──」
「死ねぇええ!!」
俺の問いに答える間もなく、剣を弾いて攻撃を仕掛けてくるビャッコ。
声、うるさいなぁとだけ思いつつ、空中に穴を開く。
「“欲塗れの宝物庫”──“風圧”」
「なっ……!」
「一度堕ちろ」
翼を持たないビャッコは、何も無い宙で抵抗できないまま墜ちていく。
何らかの能力で滞空していたが、空歩系のスキルでは無かった。
……魔獣の能力か魔者の能力か、いずれにせよ警戒を怠るのはまだ早いか。
接近戦主体の相手に、“奪○掌”は難しいのにな……と思いつつ、準備を始めていく。
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