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偽善者と愚者の果て 三十五月目

偽善者と愚者の狂想譚 その23

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 ★月■△日。

 奴との戦いは長く続いていた。
 すでに堕ちた身、いかに奴であろうとも因果が失われた以上いずれは潰える。

 ──なあ、【勇者】よ。

 俺も貴様も、間違えたのだろう。
 俺は顧みず、貴様は顧み過ぎた。

 今では俺は【邪王】、貴様も魔剣を捨て聖剣を振るっているではないか。
 かつて『■■魔王』と『■■勇者』と呼ばれた俺たちは、当に死んでいる。

 だからこそ、俺は……貴様を魔剣で殺してやったのだ。
 意思の力で化け物を捻じ伏せ、純粋な魔剣として物質を生み出すことができた。

 その時の貴様の驚いた顔と言えば、後でこれを読み返すのが楽しみだ。
 ……貴様が死に、護る者の居なくなった国はすぐに滅んだぞ。

 俺もそう、長くは持たないだろうがな。
 制約に背き、魔剣を生み出したのだ……わざわざ聖剣で刺し貫かれずとも、■■共は平然と俺の命を徴収するはずだ。

 ────め。

  □   ◆   □   ◆   □


 光の軌跡が宙に描かれる。
 その都度、化け物たちが聖なる光にやられて消滅していく。

 光は振るえば振るうほどに、その輝きを増していた。
 やがては闇夜を照らすほどに……【希望】の光を体現するがごとく。


「くくっ、聖剣……か。元より、奴が聖剣を使うようになったとは聞いていたが。それとは別に、このような物があったとはな」

「神造聖剣なんかより、刺激的な戦いを提供するぞ?」

「ああ、理解しているとも。だが、いつまでもここで足止めを喰らうわけにはいかぬのでな──そこを退け!」

「やなこった! その体にへばりついた汚い物、まずは全部浄化してやるよ!」


 真っ黒なスライムやゴーレムなど、斬撃が通じそうな個体が何度も生み出されている。
 しかし、俺の振るう斬撃はその聖気と流麗な太刀筋を以って無理やり彼らを切り裂く。

 理屈は簡単──剣技が凄いから。
 もちろん、俺では不可能だ……しかし、剣に愛された天才ティルエ・リュキア・ハワードであれば話は別である。


「……こやつらの性能が低いのか、それとも貴様の剣技が異常なのか。切れぬ物が何故切れるのだ」

「ああ、そりゃあ俺……というか師匠の剣技が異常だからだよ。曰く、なんとなくなんだとよ。お陰で弟子である俺も、その恩恵にあやかれるわけだ──“十剣網操ソードダンシング”」

「訂正しよう。おかしいのは貴様そのものであると」


 新たに生み出した剣、それらは何ら特殊な効果を持たない普通の剣。
 しかし、俺の持つ『輝紡剣ウィーバー』が一瞬光り、その輝きをそれらの剣へ付与していく。

 そして、現在発動している“剣軌再演リプレイソード”もまた同様に。
 手の届かない範囲へ向かいそうになっていた化け物を、徹底的に切り刻んでいく。


「どうした? 光の力を使うなんて、お前でもできたことだろうに」

「……そうか、貴様は知っているのだな。だが、今の俺にそれはもう無い。この忌々しい力が、貴様を殺す手段となるのだ」

「このままじゃ延々とこれを続けていそうだな……仕方ない──“聖域サンクチュアリ”」


 瘴気や邪気に対抗するなら、やっぱり聖なる領域か。
 なんて甘い思いで生み出した白い空間……しかしそれが、だんだん黒に侵されていく。


「ただの【魔王】であれば通用しただろう。しかし、【邪王】である俺にそれは通じないのだ──“邪薙暴虐”」

「! マジかよ……」


 完全に黒色に染まり切った時、至る所から生み出される化け物たち。
 俺を躱し、そのまま都市へと向かう……食い止めようにも数が多すぎる。


「策士策に溺れる、というヤツだな。これで良い、これで……終わることができる」

「後は俺に殺されて一件落着か? そんなことできないぞ」

「……分かっているとも。だが、貴様は俺を殺すことができる。多少のミスはあろうと、どれだけ手を尽くそうとも、俺が貴様に届くことはない。奴らも、それを理解しているからこその忠告だったのだろう」

「ハァ、嫌だ嫌だ。最初から死ぬ気の奴と戦うってのは、これだから面倒なんだよ」


 現【邪王】にとって、すでに目的は果たされたも同然。
 死んでも手記が残り、それを次の【魔王】が読めば遺志は紡がれる。

 先のことを知らないからこそ、俺というイレギュラーにもこんな対応なのだ。
 ただ自分を殺してくれる、手記を完遂に至らせるための駒として俺を利用している。

 ……まっ、そんなの許さないけど。


「──俺は契約をしたんだ。運営神アイツら虚仮わらいものにする。そして、奴もそれに応えた」

「何を言って……」

「これまでのお前は【魔王】だった。だからこそ、同時に存在するための手続きが面倒臭いからやってこなかった。けど、今のお前は【邪王】だからな──【魔王】じゃない」

「っ……この気配、まさか!?」


 王国の上空、未だ曇天だった空から降り注ぐ白い光の数々。
 それらは王国を包み込むと、化け物たちを通さない薄くも堅い壁となる。

 すぐにその正体に【邪王】は気づいた。
 当然だ、自身にとってかつてもっとも馴染み深いものだったのだからな。


「知ってるか? とある【魔王】は、その死後一人称を変えているんだ。『俺』ではなく『私』へ。【邪王】になろうとも、神の道化になろうとも。今度こそ、同朋の信頼に背かないように──その戒めにな」


 それは、真っ黒な髪と瞳を持つ者だった・・・
 それは、真っ白な光を輝かせる男だった・・・

 それは──不服そうな表情の女性・・だった。


「……誰だ、あの者は?」

「お前」

「………………あの──」

「お前」


 俺の言葉が信じられないのか、完全に思考がフリーズしている様子。
 向こうも向こうで、哀れむような同情するかのような……そんな目でここを見ている。

 俺からこれ以上の説明は不要だろう。
 光が国を守護する以上、わざわざ俺が戦う必要は無くなった──ここからは、自分との向き合いだ。


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