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偽善者と愚者の果て 三十五月目

偽善者と愚者の狂想譚 その20

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 俺に施された制約はひどく重く、肩代わりをするにも移す相手に辛い思いをさせる。
 だからこそ、覚悟が必要になる……が、それがまだ足りないとアンは言う。

 ならば、どうするのか……足りないなら、補えばいい。
 そう簡単に言えるものでもない、だが俺は心のどこかでそれを求めていた。


「アン……俺って、欲深いよな」

「何を今さら。それこそ、【色欲】に塗れておられるではありませんか。メルス様は、ご自身が彼女たちと釣り合うと思っていない。それでも執着し、求めている……メルス様にとって、それこそが真実なのですから」

「うぐっ……ごもっともです」


 月とスッポン、それすらも烏滸がましいほどに美醜の差があるからな。
 世が世なら、テレビ越しにしか見ることのできないような美少女たちだ。

 ……忘れられていると思うが、俺の性癖的にもテレビ越しじゃないとダメなんだけど。
 AFOというフィルター越しの世界は、初めて[ログイン]してから魅力的だった。

 そんな俺にとって理想の世界、その中でも選ばれた美少女たち。
 男は男でイケメンなこの世界、はっきり言えば俺に勝ち目なんてゼロなんだ。


「ですがご安心を。この世界では、そんな美男美女ばかりですので、好意に顔はそこまで重要な要素ではございません」

「……そういえば、そういう話ってしたことが無かった。でも、それって今することなんだろうか」

「メルス様がこのままでは、お覚悟が決まらなそうですので。帰還後に再度学ぶことにして、今回はその簡易版です」


 俺に宛がわれた部屋の中、アン先生による個人授業が行われる。
 ……ローベたちといい、俺ってそこまでダメなんだろうか。

 ともあれ、アンが俺に教えたこと。
 それは──


「……そもそも、メルス様は指輪を渡し、彼女たちはそれを受け取っています。シェリン様はまだですが、いっそこれを機会にお渡しになってみてはいかがでしょうか? すでに装身具は創られているのでしょう?」

「な、なんで分かった!? アンにも分からないよう、細工しておいたのに……!」

「あからさまに反応せずとも。メルス様がそうしたプライベートな時間を作るということ自体、わたしたち眷属に見せられない……一人のための時間ということですし」


 眷属個人に合わせて作っていた指輪。
 終焉の島までは……まあ正直、いろいろとはっちゃけていたので、俺も自重せずやりたい放題やっていた。

 が、それ以降はいちおう心を改め、親しい者には指輪では無い物を渡していた……のだが、眷属には相も変わらず、指輪を渡しているのが俺である。

 渡し、渡され。
 アイのときに軽く触ったが、俺も眷属から複数の指輪を貰っており、それらは一つに統合されている。

 ──そう、こちらの世界でも、指輪の交換にはそういった意味があるのだ。


「まあ、結局のところ、いきなり指輪など重いと言われたくないがための、チキンな選択でしたが」

「そ、そんなんじゃないから! た、ただ指輪以外なら、呪いみたいな装備制限も付いてこないから、たまたまそうなっただけだ」

「まあ、それらも含めて今回は解決してください。リア様を除き、全員が島に居た頃のメルス様を知らないのですから」

「……それは単に、お前たちが勝手にやっていた“感覚共有”を体験してないってだけだろ。アレ、まだ納得して無いんだからな」


 かつて、終焉の島から帰還するまで発動していた、[眷軍強化]の恐るべき能力。
 スキルや経験値を共有するのではなく、個人の抱く感覚を共有するというもの。

 まあ、今では第二の悲劇で使ってみたいなやり方もマスターしているが。
 ……当時はそれを、もっと別の使い方で勝手に発動していたのだ。


「人様の認識を勝手に弄るなんて……最悪、俺が責任取って腹を斬るぐらいの罪な気がするんだからな」

「皆様が取ってほしい責任は、腹切りではございませんよ。それに、皆様も笑って……はいなかったものの、知ることができて良かったと仰られていたではありませんか」

「嘘は無かったけど、脚色1000%な俺を知ってどうするんだよ。悲劇も無い、別れも無い、ただのボッ……一匹狼。何事も無く平穏に生きてきた日本人の学生って、何にも面白くないからな」


 眷属たちはそれぞれ、割と重い過去があるのだが……俺ってそういうのと無縁だしな。
 前に共有させられている情報を干渉させてもらったら、脚色がかなり入っていた。

 だがそこに嘘はなく、言うなれば盛っていただけ。
 ついでにそこへ、俺の想いなどが乗るという4D以上の大迫力付き。

 自分で自分の想いを知っても、ただの黒歴史でしか無かったのだが。
 嘘偽りの無い、本心だったということで、その当時は封印という形で終わらせられた。


「──とまあ、ここまでの戯言はさておき」

「……おい」

「はっきり言いましょう。当時は、アレしか手段がございませんでした。極論ではありますが、ただの凡人に人という知的生命体そのものを嫌っていたミシェル様の心を開くことができましたか?」

「…………できません」

「同様に、メルス様が認識していた以上の心の闇が、当時の彼女たちにはありました。それを解消……いえ、少なくとも対面が可能になる程度に闇を減らすために、アレは絶対に必要な手段でした──誓っても構いません」


 ……これ以上は無駄か。
 何より、この話はもう過ぎたことだ。
 今さらどう蒸し返そうと、共有されたものはどうしようもない。


「なのでメルス様には、今回共有無しで思いの丈を明かしてもらいます」

「……いや、なぜにそうなるん?」

「一人目はリア様です。時間の方は、こちらで調整しておきますのでご安心を──では、転送します」

「そのまま直送!? いや待って、せめて心の準備を────あっ」


 アンは何かを急いているのか、説得も聞かずに俺をリアの下へ飛ばす。
 ……そして視界が切り替わった瞬間、俺の目の前には眠る少女が映るのだった。


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