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偽善者と愚者の果て 三十五月目
偽善者と愚者の狂想譚 その19
しおりを挟む少なくとも、外見はショタな男を茨で縛り上げる少女たち。
……なお、それをやっているのは魔王城、しかし城の主は見て見ぬふりをしている。
というか、今回やら前回で彼女たちへここに居る誰も対抗できないと知られていた。
無駄なことはしないのだろう……反感を買いたくない、というのもあるだろうな。
「くっ、殺せ!」
「そんな、君の世界の女騎士みたいな台詞を言われてもね。安心してほしい、アン君が完全な形で施術をしてくれるはずだ」
「──と、いうことですので。さぁ、ノゾム様。大人しく、受け入れてください」
「……裏切り者ぉ」
本当の意味で、俺を裏切ることはない。
なのでアンの目的は、俺がこの先で死なないこと……そのためなら、少女たちに多少の犠牲を強いるだろう。
「──ご不満ですか?」
「……うん、不満だよ。何のために、僕はこうしていると思っているのさ」
「普段のノゾム様風に言うのであれば……それは酷く【傲慢】で、【強欲】で──そして【怠惰】です。考えることを止め、ただ己の身の犠牲ですべてを丸め込む。なんとも悲劇のヒロイン染みた献身ですね」
「…………ハァ、そんなにダメだった?」
コクリと頷かれては、もうこれ以上の抵抗は無駄なのだろう。
俺の行いは独りよがりで、そして偽善ではない……独善だったと言いたいのだ。
さすがにそれは、俺としても改善しなければならない。
──そしてそれを行うべく、アンはここに来ているわけだ。
「現在、ノゾム様の体に施された邪縛のようなものを、すべて皆様に移します。一人ひとりで背負うものを調整すれば、肉体的な負担は受けなくなります」
「本当に大丈夫……かなんて、野暮な質問はしない方がいいよね。うん、それで全部が解消されるのかな?」
「いえ、スキルの方はせいぜい固有スキルぐらいまででしょう。能力値の方は全員に均等に背負ってもらい、それでも九割は残るはずでしょうが……本来の御力を発揮されるのであれば、問題ないはずです」
「……そっか。みんな、我が儘を言っちゃうけど──力を貸してくれるかな?」
茨で縛られながら、それでも俺は顔を上げて少女たちを見る。
……良かった、嫌そうな顔をしている人は誰も居ないや。
『……妾、嫌なんじゃけど』
「輝夜様!」
『分かっておるよ、ここはかぐやに免じて特別じゃ』
うん、一人はアレだったようだが、それでも問題ないようだ。
アンは俺に触れ、しばらく目を閉じ──強い衝撃が俺を襲う。
「うぐっ……!」
『!?』
「これが現在、ノゾム様を蝕んでいた邪縛を擬似的に実体化させたものです……よくもまあ、今まで平然としてられましたね」
「あははは……演技は下手だけど、平然としていることだけは慣れているからね」
俺の中から飛び出したそれは、光すら呑み込むレベルの黒さを秘めたナニカ。
全員に均等に分けられるはずだった強力な制約を、一人で抱え込んだ代償。
俺はそれを、なぜかその部分だけ機能している{感情}の抑制機能を使って抑え込んでいたのだが……どうやら異常だったらしい。
アンが溜め息を吐いてから何らかの処置をすると、そのナニカは変化する。
少女たちと同じ数である五つに分かれ、その色もちょっと暗いぐらいの黒色になった。
「ジリーヌ様に関しては、この影響が強く体に作用する危険性がありますので用意はしておりません。また、五人でも六人でもそこまで影響に差はありません──いずれにせよ、苦痛ではありますので」
「アン……!」
「ノゾム様、本来であれば【一蓮托生】や上位版である[生精留転]を使いたいところ。すべては、ご自身が動けなくなるほどの制約を独りで受けたことが始まりなのですよ」
「……すみません」
引っぺがされたナニカだが、今はまだ俺と結び付いている。
可視化は擬似的なもので、言うなれば延長コードで伸ばしただけなのだ。
それを少女たちと繋げ、送り込む。
俺個人としては忌避すべきそれを成し得てようやく、俺はこの超虚弱状態から解放されることになる。
少女たちはそれでも、覚悟を決めていた。
苦痛がどれほどのものなのか、ある程度は予測できているのだろう……だが、アンがナニカから切り離した残滓を飛ばすと──
『っ……!!!?』
「みんな!!」
全員、苦し気な表情を浮かべて地面に手を付いてしまう。
残滓でこのレベルって……アレ、もしかして俺って──鈍感!?
「温い、まったく以って足りませんよ。皆様には欠けているものがあります……そう、ノゾム様への──」
「アン、シャラップ♪」
「…………メルス様、これは必要なことですよ?」
アンが何を言おうとしているのか、それは俺が一番分かっている。
だが、それはいけない……言うにしても、俺が言わねばならない。
「かもしれない。けど、ここじゃアレだからね……【魔王】様、どこか部屋を借りられないかな?」
「…………いいだろう。すぐに用意させる」
「ありがとう。たぶん、そのまま僕たちはまた別の世界へ行くと思う。だから、もうお別れだね……明魔族のこと、これからも大事に守っていってね」
「! ……そうか、知っていたんだったな。ああ、俺はもう間違えない。守るべきもの、それを見極めることができたからな」
そう別れの挨拶を済ませ、俺とアンは少女たちを連れて用意された部屋へ。
──それは一人ひとり、個室として用意されている。
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