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偽善者と愚者の果て 三十五月目

偽善者と魔王の写本 中篇

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 魔本の住人たちを連れて、エレベーターに乗り込んだ俺。
 下へ向かうための道は、ガラス張りなので何がどうなっているのかをはっきり見れる。

 機械と魔力、それらを基に織り交ぜられた特殊な装置。
 その核として鎮座する──複数の魔本こそが、セントラルターミナルの動力源だ。


「うわぁあ! ねぇねぇメル君……じゃないね、メルスさん。あれって、ワタシたちの魔本だよね?」

「ああ、そうだ。『眠り姫』、『赤頭巾』、『星の銀貨』、『かぐや姫』。それに『霧の都と斬り裂き魔』、中身の入ってない魔本を再利用しているんだ」

「……本当に、いろんな所に行っているんだね。メルスさんって」

「ほとんどの場合はノゾムとしてだけどな。リアの頃はまだ変身魔法をそこまで使っていなかったし、シャルの頃はまだ具体的に姿を決めてなかった……俺の認識も、そういえば後々になって変わっているんだな」


 出会った当時の姿が、『偽善者メルス』ではなく『縛り状態ノゾム』の時の者が増えている。

 それは縛りプレイを意識してから、魔本を開くことが多くなったことを意味していた。
 ……純粋な暴力で解決できるほど、彼女たちの世界は簡単じゃなかったからな。


「──となると、やっぱりこっちの姿の方がみんな的にいいのかも。これから会う相手にも、初めて会った時はこっちだったしね」

「メル君!」

「はいはい、姫様。僕は姫様の騎士だけど、それ以外にもいろいろやっているんですよ。軽蔑しますか?」

「……軽蔑はしないけど、ちょっと呆れちゃうかも」


 そう言いながらも、俺の腕を組んでギュッと抱いてくれる辺り、呆れてはいても本当に軽蔑まではしていないのだろう。

 なんてやり取りをしている間に、エレベーターは最下層へ到着する。
 俺たちは中から出て、魔本の置かれている装置の下へと向かう。


「リアは前に一度、ここに来ているから分かると思うけど……動力源にできるのは、特殊な魔本だけ。だからみんなの魔本、そして開けていない魔本が一冊。あと、今回の用件でもある手記が一冊置いてあるよ」

「ほう、手記? 特殊な魔本に限ると言ったばかりじゃないか」

「正しくは、特殊な魔本に限りなく近い形まで高められた日記かな? とある人が、己の生涯を掛けて演じた茶番劇。そして、それを未来に託したもの……なんだけど、僕がそこにちょこっと細工しちゃってね」


 ……うん、視線が痛い。
 本来であれば、それを正しい志を持つ者にでも渡しておけば、世界という物語が大きく進んだはずだ。

 それでも俺は、遺志によって進むという展開が気に喰わなかった。
 だからその者以上の茶番を仕立て上げるため、こうして準備を進めていたのだ。


「──『魔王の写本』、リュシル曰く過去に存在した『愚狂魔王』の物なんだ。ネタバレすると、やったのは全部運営神が命じたからなんだけど……うん、長い説明よりさっさと始めた方がいいみたいだね」


 一人、興味深そうに目を輝かせているシェリンは除くとして。
 他の少女たちは、そこまで面白くなさそうな表情だし。

 The・大和撫子なかぐやですら、その笑みがアルカイックスマイルになっていた。
 コホンと咳払いをしてから、俺はある物を取り出す。


「えー、先日のイベントでみんなの協力もありまして、これを完成させました」

「……なに、それ……?」

「『魔王の種』と悪意の残滓の融合版。普通に使えば、どんな魔物でも最強最悪の魔王になれるだろうし、神に使えば強制的に邪神に堕落させることだってできるかもね」

「ほう、それはそれは(略)──」


 まあ、そのまま使っていたら使用時点で悪意の残滓が内側から精神を食い破ってくるだろうけど。

 俺の場合は“魂魄改変ソウルハック”で残滓を完全に削除済みなので、暴走することはない。
 使ってもただ、使用者に暗黒エネルギー的なものが充填されるだけだ。


「あっ、シェリンお姉さんが使っても廃人になるだけだから使っちゃダメだよ……念入りに準備すれば大丈夫だけど、試してみる?」

「……遠慮しておくよ。今のボクは、そうまでして何かを求める執着心を持ち合わせてはいないのだよ。ジリーヌ、そして君が居ればそれで充分さ」

『…………』

「と、ともかく! これをあの手記と合わせてみれば、たぶんあることができるんだ。だけど、そのためにはいろんなことをしなきゃいけない……みんなも危なくなるんだよ?」


 手記自体に融合は可能だろうが……目的を達成するためには、そのうえで魔本と化した手記の世界へと入らなければならない。

 いちおうでもクソ女神が補助をしていた童話と違い、魔王のエネルギーに包まれたソコがどういった理屈で動くかはまったく不明。

 正直なところ、彼女たちにはここで安全に待機してもらいたいが……誰一人として、引き下がるようなことは無かった。


「いつもメル君のお世話になってばかりなんだから、たまには手伝わせて!」

「……あなたが望むこと、その助力をさせてほしい……」

「わ、私も! ノゾム様の御力になりたいのです!」
『……まあ、借りは返さぬとな』

「助手が死地に赴くというのに、探偵のボクが向かわないというのもね」

「──そういうわけさ。ノゾム、置いていくなんて無粋な選択は止めた方がいいよ」


 彼女たちの言葉、そして意志は真剣そのもの……俺が翻していいものではない。
 そうなると、ただ魔本を完成させるだけではいけなくなるな。


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