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偽善者と崩壊する陣営 三十四月目

偽善者と陣営イベント中篇 その19

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 扉の先にはボスが待ち受ける。
 迷宮を生み出したのはこのイベントエリアが、膨大な時間を掛けて蓄積した悪意……その一部。

 だからこそ、決して油断ならない相手として、警戒を緩めてはいけない。
 ──そう思いたい、だがそんな思いとは裏腹な現実がそこにはあった。


「…………」

『……あの』

「言わないで! 言わないでよ……ええっ、なんでこうなったんだよぉ……」


 そこには巨大な怪魚が一匹。
 眼は死んでいない、憎悪に満ちた真っ黒な瞳は間違いなくこちらを睨んでいる。

 ──がしかし、動けない。

 扉のお陰で火は防げたのだろう。
 しかし、何らかの理由で失われていた。
 魚と言えば必要不可欠、泳ぐために必要な水がここにはまったく無い。


「……あっ、繋がっちゃってる」

『沈黙の水は、おそらくここから生成されていたのでしょうね。そして、魔物自体は熱量に耐えたものの、水の方は蒸発してしまったのでしょう。巨体を浮かすための水がすぐに溜まるわけもなく、ああなったわけですか』

「……フラム、とりあえず水をどんどん乾燥させておいて。ふぅ……嗚呼、どうしてこんなことになっちゃったんだろう!」

『あ、貴方は……』


 虚しくはあるが、戦いは戦いである。
 間違いなく敵は俺よりも強く、眷属を頼らねばならないような存在……強さを取り戻すような要素は、先んじて除外していく。

 火の微精霊に頼み、水分をこの場からどんどん無くす。
 魚の方は全然変わらず、なぜか今なおピチピチだが……水分はたしかに失われていた。


「ナシェク、試してほしいことがあるんだけど──────って、できるかな?」

『そ、それは……可能です。ですが、聖人としての振る舞いでは──』

「ここの迷宮は悪意の産物。むしろ、早く終わらせる方が聖人としては好ましいんじゃないかな? だからほら、お願い」

『……これは悪を裁くため。ひいては、人々のための行いなのです……』


 ぶつぶつと、まるで自分の行いを誤魔化すために暗示を施し始めたナシェク。
 すまん、しかし真っ向から挑んで勝つ方法が思い当たらんのだよ。


「それじゃあ試そうか。アクス、アイアも手伝ってね」

『『♪』』

「合わせてね──水鉄砲発射ッ!」

『『!!』』


 俺たちが怪魚に対して行ったこと、それは水を放つこと。
 当然、怪魚は文字通り『水を得た魚』状態になるわけで……がしかし、変化が起きる。


「アイア、変換!」

『!』

『────ッ!!』


 放った水の内、アクスとアイアが生み出していた分が突如として氷と化す。
 それは鱗や口内にまで浸透しており、それらが一気に固定剤として機能する。

 不快感は尋常では無いだろう。
 咆哮を上げると、その振動で氷はたちまち崩れ去っていく……しかし、仕掛けはこれだけではない。

 怪魚は突如として、口をパクパクしながら声を出すのを止める。
 自分の意思ではない、しかし勝手に動く体に違和感を覚えたようだ。


『ッ──!?』

「さっきの水はね、聖水なんだ。それも、ただの聖水じゃないよ。清酒……じゃなくて、聖なるお酒。聖酒にしてもらっているんだ」


 毒を盛っておこうと思ったが、こういうボスに大半の状態異常は効かない。
 なので自然な形で酒を水と錯覚させ、向こう自身に呑ませたのだ。

 酔い耐性があっても酔うように、酒は完全なデバフとして認識されない。
 麻痺に痛覚遮断の副次効果があるように、酔いもまた精神的な苦痛の緩和になるのだ。

 ただちょっとだけ、酔いが回ると体が言うことを聞かなくなるだけのこと。
 ……そのちょっとだけ、を増やして高めたのが今回の聖酒だ。

 事前にアクスとアイアが手を施し、酒が回るように体を動かせてある。
 だからこそ、一声上げただけでいきなりダウンするような状態になった。


「名付けて──『酒を得た魚』作戦!」

『…………』

「あとはもう、じわじわと嬲っていけば──さぁみんな、行くよ!」

『!!』


 迷宮がどういう仕掛けで、この迷宮で何をしたかったのか……そんなものは後回し。
 確実に屠り、迷宮の活動を停止させてから考えればいいだけのこと。

 微精霊たちと共に、ナシェクを使って攻撃していく……が、かなりの速度で回復する。
 時間があるので調べたところ、水がある限りはそういう状態であり続けるようだ。


「なら、アイア──やっちゃって」

『!』

『ッ……!?』


 先ほど同様、水を氷に変える現象。
 これは魔法というよりも、そういった能力として捉えた方が良い。

 前回の失敗を活かし、怪魚の全身が軽く水に濡れていた。
 それらが一瞬で氷となり、動きを束縛したうえで氷結の状態異常をもたらす。

 どうやら同じ『水』であっても、液体か固体かで能力の対象にはできないらしい。
 目に見えて回復速度が落ちたので、これまた俺たちは攻撃を畳みかけていく。


「どう、ナシェク?」

『……何がですか』

「無抵抗の相手に、一方的に攻撃をしているこの姿。どこからどう見ても、やっぱり聖人には見えないんじゃないかな?」

『──いえ、この程度でしたらミコトもやっておりましたので。曰く、『結果で示せばそれで良し』とのこと』


 ミコトさんもミコトさんで、案外……。
 ともあれ、嵌め技に近いやり方で怪魚はじわじわと追い込まれていく。

 途中、何度か暴れようとしたりオーラ的なものを生み出してはいたが、聖酒と氷の力で強引に静めることができた。

 まあ、おそらく一定以下まで生命力が低下すると起きる確定技なんだろうな。
 そんなことを思っていれば──やがて怪魚は、その生を終えるのだった。


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