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偽善者と崩壊する陣営 三十四月目
偽善者と陣営イベント中篇 その11
しおりを挟む眷属を呼ぶ、それが意味するものとはつまり──終わりの刻。
苦戦も死闘も、そこにある想いも願いも、何もかもすべてを一掃する。
それは偽善者である俺も同じなのだが、だからこそ縛りプレイを用いている。
……が、この迷宮に真っ当な方法など不要だと気づいた。
気づいてしまえば抑えていた理性を取っ払い、ただ眷属を呼んでいる。
俺だって、大義名分さえあれば眷属を呼ぶくらいには…………好き、だからな。
「──お呼びに馳せ参じました、旦那様」
「うん、よく来てくれたよ、フィレル。さっそくで悪いけど、状況の方は?」
「すでに。それにしても、本当におぞましいほど濁っていますね。食わず嫌いの雑食だろうと、アレには牙を剥けないと思います」
そんな好きな連中を呼び出す魔法陣から現れたのは、令嬢然とした美女。
彼女は眼下に広がるおどろおどろしい血の大地を、鮮やかな紅色の瞳でジッと眺める。
フィレルは先祖返りの吸血鬼、そして太陽の龍との間に生まれた特殊な存在。
完全無欠、吸血鬼としての弱点をいっさい持たない。
そんな彼女なので、血に関しては一家言あるようで……本気で嫌がっているな。
血を操ってどうにかしてもらおうと思ったが、この様子だとそれも難しそうだ。
「それでは旦那様、わたしは何をすれば?」
「うーん、とりあえずあの血をなんとかしたいんだ。もちろん、方法はフィレルにお任せするよ。今の僕にできることがあるなら、可能な限りやるつもりだし」
「! ……本当に、よろしいのですね」
「血を吸う以外…………そんなにあからさまに落ち込まないでよ。冗談だから、血も吸っていいから」
血を吸わない期間が長すぎると、出会った当初みたいになるからな…………嗚呼、思えばずいぶんと変わったモノだな。
と考えていることがバレたようで、目の前のフィレルは頬を膨らませていた。
そのことに苦笑した後、俺は血を吸いやすいように首を差し出す。
「僕のために、フィレルが何かをしてくれるなら……惜しむものなんて何も無いよ。だから、僕を使って」
「旦那様……では、それはご褒美ということで。さっそく終わらせてしまいましょう」
「……えっ?」
「──“血写人形”。では、そのうち決着もつくでしょう。旦那様には、失った分の血の補填をお願いしたいのです」
血を吸われ、それによってパワーアップしたフィレルが無双する……といった流れを予想していたのだが。
どうやら彼女的に、あとで邪魔者が入る方が嫌だったようで、指輪から溢れ出した膨大な血を使って、大量の人形を作製──それらで一気に地表の蹂躙を始め出した。
うん、たしかにこれならすぐに終わりそうである……指輪に入っていた血は、触媒にすると超高レベルの人形になるからな。
「これで、旦那様とわたしの時間を邪魔する者は居ませんよ。さぁ、ゆっくりと逢瀬を楽しみましょう」
「うっ……や、優しくしてね」
「はい♪ では、いつものように」
首筋に這い寄ってきたフィレルは、まず吸うと決めた場所付近を舐め始める。
曰く、先に唾液で濡らしておくと吸う際の痛みが無いと、かなり早口で言っていた。
「それでは──イタダキマス♪」
そのうえで、吸血鬼の象徴とも言える鋭い犬歯を突き立てる。
注射のような痛みすら感じず、しかし確実に何かを吸われている感覚が俺を襲う。
採血をされた経験がある者ならば、なんとなく喪失感をそういった際に覚えるはず。
吸血鬼に血を吸われると、その何倍もの感覚になるのだ。
そしてこれが一流の吸血鬼(?)ともなれば、飴と鞭のようにご褒美を与えてくる。
具体的には快感、次回以降は自ら進んで座れに来るように仕込んでいくのだ。
──が、俺の場合そういった小細工はすべて{感情}がカットしてしまうので無意味。
フィレルも一回目でそれを理解し、それ以外の方法で俺を率先的にしようとしていた。
「はい、終わりました。とても美味しかったですよ」
「フィレル……」
「では、お塞ぎしますね」
「あんまり強くしない……でっ!」
犬歯の刺さっていた場所から、流れ出る赤い血。
フィレルは再びそこに舌を這わせ、文字通り傷口を舐め取っていく。
麻酔効果だけでなく、その後の腫れなども防ぐ微弱な治癒効果まであるらしい……のだが、彼女がこれを行う真の意図は、そこではない。
ピチャピチャと、わざと音を立てて舐めていくフィレル。
首筋でそれをやられるものだから、俺の中の羞恥心が一気に爆発する。
「ふぃ、フィレル!」
「ふふっ、すみません。ですが……弱々しい旦那様も、とても可愛らしいですよ」
「──」
世に言う主人公の皆さまならば、そのまま甘んじて受け入れるのかもしれない。
だが、良くも悪くも俺は凡人、彼らのような聖人君主ではなかった。
縛りを一時中断。
本来なら眷属たちに却下されようものなのだが、主としての権限でごり押しして却下自体を却下していく。
「──“感覚同調”」
反撃の狼煙は感覚を同調させることから。
血を吸われている側の感覚を伝え、フィレルにも同じ思いをしてもらう。
がしかし、これはすでに何度もやっているいわゆる使い古された手。
だからこそ、今ならば油断しているフィレルに反撃ができる。
「! ……やはり、タダでは済ませま──」
「“共血”、“高騰揚進”、“感覚鋭敏”」
「だ、旦那様? す、少しやり過ぎでは?」
「──“血液改造”」
フィレルにデバフを施すのはほぼ不可能。
しかし、血を媒介にしている今ならば俺越しにそれを通すことができる。
接続した感覚と血を通じて送った、高揚の魔法と敏感になる魔法。
そして、まだ少しだけ首筋から流れていた血に魔法を掛ける。
「ッ……!?」
「ちょ、フィレル……激しい!」
「……旦那様が悪いんです。ええ、こんなにもわたしを誘惑して。いつもは我慢をしているんですよ、ですが今回は…………もう我慢できません♪」
「~~~~!」
俺としては血を舐めたフィレルが、腰砕けになるぐらいの想定だった。
たしかに血を舐めた彼女はそうなった……が、まさか直後に抱き締めてくるとは。
そうして身動きが取れなくなった俺を、文字通り口封じするフィレル。
この後、俺はさらに血を吸われることになるのだが……どうなったかは、黙秘しよう。
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