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偽善者と崩壊する陣営 三十四月目
偽善者と陣営イベント前篇 その18
しおりを挟むE級迷宮 厳重たる森林
その迷宮は重力が何倍にも掛かる、フィールド効果に包まれた場所だ。
一階層しかない代わりに、かなり広い……そして魔物を倒しづらい場所でもあった。
奥に行けば行くほどその重力が強まるのだが、問題は──素材を集めれば集めるほど、どこに居ようと課せられる重力が増えていくという点。
魔物たちには重力の効果が大してなく、通常通りの速度で攻撃をしてくる。
対するこちらは行動に制限があるのだ、欲深く素材を集めるのは難しい。
「……ハァ」
そんな迷宮の中を、俺は独りで──かつ何も持たずに歩いていた。
地面も重力に対応しているのか、足跡が付いたりしない……が、足音は聞こえてくる。
「仕方ない。魔本開読──“守護結界”」
何も無い場所から取り出した一冊の本。
それを開いて魔力を注ぐと、周囲に構築される強固な結界。
同時に、どこからともなく駆け寄ってきた獰猛な狼たち。
彼らは俺に向けて牙を突き立て──ようとしたところを結界に阻まれるのだった。
「魔本開読──“魔力弾”」
そして、別の本を取り出して繰り返す。
魔力を籠めて展開するのは、大量の弾丸。
自動的に構築されたそれらは、結界をすり抜けて狼たちを撃ち滅ぼしていく。
ちなみに“魔力弾”。
これは無魔法に似ているが、正確には大した属性変換もしないで放っているため、微妙に差異がある。
同様に、“魔力○”系の魔法があるが、それらは意図して属性変換が甘い。
そうすることで、本人の適性を調べられるという……まあ、初心者用の魔法だ。
そんな魔法を封じ込めた本──魔本を使って、今の無力な自分を補っている。
まあ、ある意味これを使うのは仕方が無いこと──本と契約しているようなものだし。
「まさか5が出るとはね……早く契約できる存在を見つけないと」
俺の出した縛りは『契約術師プレイ』。
何らかの存在と契約し、操ることで戦う職業なのだが……普通に出すことのできる契約相手を俺は有していなかった。
最近契約(仮)したナシェクは休眠しているし、ディーは……キメラ種を経てだいぶ強くなってしまっている。
強大な存在を出して無双すれば、そりゃあ楽だろうが……何のための縛りか分からなくなるので、今回はお休みしてもらっていた。
「そうなると、もうどうしようもないんだけどね……まあ、次回はどうにかしよう」
今回はもうこのまま、魔本だけでなんとかしてみよう。
幸い、Z商会で集めた魔本や、リュシルに書いてもらった物がいくつかあるからな。
「魔本開読──“魔力探知”」
魔力を使って周囲を探る、要は自分の知覚能力を拡張する魔法。
魔本を介して展開することで、制御に大した意識を削がずに情報を集められる。
「周囲には居るのは……五体かな。なら、魔本開読──“魔力弾”」
再度使用可能になった魔本を開き、魔力を弾丸にして放つ。
このとき、身力操作で生成された一発分の弾丸を、五発に増やしておくのがポイント。
一発分の術式しか無いので、それをどうにかするのは使用者の技量次第。
先ほどもこうして、あとから弾丸の数を増やしてから放っていたぞ。
「そして。魔本開読──“魔力槍”」
魔力で生み出した槍、本数は増やして五。
これらを先ほど弾丸を飛ばした先へ、追随するように放つ。
魔本、そして“魔力○”系の欠点……それは性能に乏しいこと。
相応の魔本や術式ならともかく、どちらも高級品には遠く及ばない。
だからこそ、何度も重ねることで確実に仕留めておく。
再び“魔力探知”を行い、周囲から反応が失せたことも確認して……採取を始める。
「解体スキルは自前であるからね。まあ、別に頑張る必要は無いんだけど……探索者らしいことも、たまにはやろうかな?」
探索者としてのランクを上げたいならば、最奥で階層主を討伐すればよい。
単純明快なのだが、ソロかつ自分より一つ上のランクでは難易度が高くなってしまう。
なので本来、素材回収をしながら収入を得て、階層主討伐を目指す。
……本当にやらなくてもいいんだけど、素材が誰かの役に立つかもしれないからな。
◆ □ ◆ □ ◆
「魔本開読──“自重増減”」
最奥に掛かる重力は強大で、ただ立っていることもままならない。
そんなわけで、魔本を使って重力の方をどうにかしておく。
身体強化などをしておけば、まあ決して動けないわけではないんだがな。
しかし、あくまで縛りはそれを是としないので……っと、階層主の出現だ。
「『無重飛鳥』……そりゃあ、一方的に無双できるよね」
『キーーー!』
重力に誰もが縛られる中、唯一大空を羽ばたく階層主。
自分は動けず、相手は自由自在……そりゃあ苦戦するよな。
「でも、自重ならぬ自重はしない。すぐに終わらせるよ。魔本開読──“斬り裂き魔と夢幻の都”」
『キッ──!?』
滅多に、いやこういった機会でも無ければ使わない特殊な魔本。
開いた途端に溢れた膨大な量の霧、そしてその中で聞こえる鳥の断末魔。
その理屈は至ってシンプル、真実はすべて霧の中に呑まれている。
……のが本来の効果なのだが、霧が晴れても残されたモノ──否、者が一人。
「父君!」
「うん、ありがとうねジリーヌ」
ジャック・ザ・リッパーの力を宿す、複数の属性を内包した精霊。
それがここに居る少女──娘であるジリーヌの正体だ。
「お姉さんの調子はどうかな?」
「母君は…………げ、元気ですよ?」
「掃除とか、大丈夫?」
「…………」
うん、今度行ってみなければ。
おそらく何かしらの手段で誤魔化すだろうから、そこは内通者に協力してもらおう。
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