上 下
2,140 / 2,518
偽善者と崩壊する陣営 三十四月目

偽善者と天使の軌跡 中篇

しおりを挟む


 しばらくして、時間が経ってもなお呆けている模造天使のナシェクを無理やり起こす。
 物騒なことはせず、せいぜい声を掛けたり指で突く程度だ。


「おーい、大丈夫か?」

「──はっ! ……何を、しているので?」

「いつまでもボーっとしてたからな。それでナシェク、剣技の方はどうだったか?」

「……非常に遺憾ではありますが、世界はまだまだ広いということは分かりました。いいでしょう、剣技は最後に回しておくとして、先に他の武芸を収めてもらいます」


 ようやく覚醒したナシェクは、ティルの剣技に敗れ自身との差を認めた。
 ……がそれはそれとして、なんとしても俺に自分の剣技を教えたいようだ。

 まあ、普段から暇な俺なので、それ自体は別に構わない。
 しかし、やはり理由を知っておかなければならない……だからこその、ティル師匠だ。


「なあ、ナシェクさんや。いくつか、真面目に質問に答えてくれないか? 答えられないもの、答えたくないものにはそうだと言ってくれればいいから」

「……なんですか、急に」

「重要なことだ、頼む」

「…………分かりました」


 それから重ねる質問の数々。
 ナシェクがどういう存在なのか、いつから存在しているのか、また天使としてどのような階級なのかなど答えられそうな質問。

 ナシェクの目的である聖人、その人物に関する答えられないであろう質問。
 そして、かつての聖人との思い出……答えたくないであろう質問を重ねていく。

 それらに対する回答やその前の反応を、よく視える眼でジッと観察するティル。
 しばらくして、軽く剣を鞘に納める音が鳴るのを聞いて質問を終えた。


「アレだな、さっぱり分からん」

「……ですが、貴方の師匠から視れば何か違うのでは?」

「ああ、分かっていて答えてくれたのか」

「必要なことなのでしょう? 私とて、いっさいの情報無しに目的を果たせるとは思っていません」


 現在、ティルの知り得た情報を解析班たちで擦り合わせているところだ。
 彼女の瞳は他者の思考を読める、だがそれ以外にも複数の魔眼の性質を宿している。

 そんな特殊な瞳が、先ほどの受け答えから真実を暴き出そうとしていた。
 そう、真実……それはあくまでも、ナシェクにとっての情報なのだ。


「それで、何が分かったのですか?」

「うーん、あんまりだな。せいぜい──かつての聖人様が呼ばれた当初は女学生だったこと、普通にこの世界で老衰したこと、ナシェクが異世界転移の特典だったこと……ぐらいしか分かってないからな」

「! あの質問から、ここまで……」

「俺にはさっぱりなんだが、師匠は凄いからな。まあ、それらの情報をナシェクが話したくても話せない、封じられているってところまでは理解できた」


 この辺りは完全な情報では無いが、おそらく担い手になりたい連中があの手この手で試している間の愚策が影響している。

 ほぼ邪縛な祝福という名の聖別、神聖な行為という体で行う邪悪な儀式。
 それによって、他者への某聖人に関する情報伝達が極端に制限されているようだ。

 武術云々のように、自分も経験していることならだいたい言える。
 しかし、聖人どうこうという話になると、突然口を噤みだしたからな。


「──というわけで、ティル師匠。ここは一つ、お願いします」

「嫌よ」

「まあ、魔法を断ち切ってくれれば……ってん?」

「それぐらい、自分でできるでしょ? こういうときは、ちゃんとやりなさい」


 そう言ってティルは、もうやることは無いと言わんばかりにこの場から去る。
 残されたのは俺とナシェクのみ、眷属たちも一時的に回線を遮断していた。


「…………ハァ。仕方ないか」

「な、何を……」

「大悪魔、力を貸せ──『渇望の聖杯』」

『やれやれ、相応の対価は頂くよ』


 縛りの最中、だが解放していた魔力量だけは人並み外れている。
 なのでそれを最大限生かすため、魔武具である『アーケイナム』を使用。

 形態は当然、支払った魔力に応じて願いを叶えることができる『渇望の聖杯』。
 ……少々手間賃もふんだくられるが、それでも充分な量の魔力があるからな。

 足りない物は一つ、強いイメージと意志。
 だからこそ、スイッチを切り替えるように意志を外部から──瞳を銀色にすることで、より高めていく。


「『願う、神の意に背く威を』。『乞う、邪な聖意を砕く悪意』。『残された遺志を、紡ぐ語り部に救いを』」

「っ……!?」

「『奇跡は要らない。欲するは軌跡、かつての日々を知るために』──『解呪ディスペル』」


 聖杯が禍々しく光り輝くと、ドロドロとしたナニカがナシェクへ飛んでいく。
 一瞬ビクッとしていたが、それでもナシェクはそれを──受け入れる。

 禍々しいそれは、やがてナシェクから引き剥がれて聖杯の中へ戻っていく。
 最後に残されたのは、先ほどまでと何の変化も無いように見えるナシェクのみ。


「そういえば、まだ聞いてなかったな。聖人様の名前、教えてくれよ」

「──、────」

「ん? 口をパクパクさせてないで、はきはきと言ってくれ」

「……ト、……コト! ミコト!! 嗚呼、そうですミコトです! やっと教えられた、やっと伝えられた! あの娘の想いを、あの娘の願いを!」


 急な落差に思わず『侵化』も解ける。
 どうやらナシェクは、その聖人──ミコトとやらのことが大好きだったようで。

 ……どうして俺に関わる女性二人組って、こうも塔を築くのだろうか。
 いやまあ、ぜひとも建設中の様子は見させていただきたいですけどね!


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?

破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。 そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。 無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた… 表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと イラストのurlになります 作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)

虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―

山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。 Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。 最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!? ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。 はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切) 1話約1000文字です 01章――バトル無し・下準備回 02章――冒険の始まり・死に続ける 03章――『超越者』・騎士の国へ 04章――森の守護獣・イベント参加 05章――ダンジョン・未知との遭遇 06章──仙人の街・帝国の進撃 07章──強さを求めて・錬金の王 08章──魔族の侵略・魔王との邂逅 09章──匠天の証明・眠る機械龍 10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女 11章──アンヤク・封じられし人形 12章──獣人の都・蔓延る闘争 13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者 14章──天の集い・北の果て 15章──刀の王様・眠れる妖精 16章──腕輪祭り・悪鬼騒動 17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕 18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王 19章──剋服の試練・ギルド問題 20章──五州騒動・迷宮イベント 21章──VS戦乙女・就職活動 22章──休日開放・家族冒険 23章──千■万■・■■の主(予定) タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。

俺と異世界とチャットアプリ

山田 武
ファンタジー
異世界召喚された主人公──朝政は与えられるチートとして異世界でのチャットアプリの使用許可を得た。 右も左も分からない異世界を、友人たち(異世界経験者)の助言を元に乗り越えていく。 頼れるモノはチートなスマホ(チャットアプリ限定)、そして友人から習った技術や知恵のみ。 レベルアップ不可、通常方法でのスキル習得・成長不可、異世界語翻訳スキル剥奪などなど……襲い掛かるはデメリットの数々(ほとんど無自覚)。 絶対不変な業を背負う少年が送る、それ故に異常な異世界ライフの始まりです。

モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件

こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。 だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。 好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。 これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。 ※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ

VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?

ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚 そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

女神様から同情された結果こうなった

回復師
ファンタジー
 どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。

処理中です...