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偽善者と策略する日々 三十三月目
偽善者と橙色の謀略 その06
しおりを挟む──『■帝[天竺牡丹]』。
伏字になっているのは、間違いなく彼女自身を意味する『劉』。
自由世界にのみ存在した、龍人と辰の間に生まれた特異的竜種。
静と動に例えられる二種類の竜、その双方の良いところだけを引き継いだとも言える最強の竜人。
その力を引き継いだ『装華』には、莫大な量の竜気が内包されていた。
彼女の背後では、そんな竜気が鎌首をもたげた蛇のように存在感を放っている。
「覚悟するが良い。朕は、そう甘くはない」
「くっ──[橙牢]!」
トウロウ……森人の華都で集めた情報が正しければ、おそらく『魔王[橙牢]』。
あの肉体を捕える初代『魔王』の執念から生まれた、狂気じみた『装華』。
それを展開すると、シュリュの周りに透明なバリアのようなものが構築された。
その内部に靄のような形で現れる、さまざまな姿の魔族たち。
《ふっ、察するに、あれらもまた彼の妄念に囚われた哀れな贄ということだろう》
「かもね~。まあ、俺ならいちおう偽善者として救おうと思うかもしれないけど……」
「──邪魔だ、消え去れ」
シュリュが手を横に払う。
それだけで背後の竜が何体にも増えて、魔族たちを襲っていく。
抵抗しようと魔法を放ったりもしているのだが、すべて弾いて丸呑みである。
「シュリュには関係ないよね」
《うむ、我らが覇の道を征する者は、あの程度の情など意にも介さぬだろうな》
「いや、必要ならするかもしれないけど……少なくともあの状況では、不要だからな」
竜気を増幅し、操ることができるのがシュリュの『装華』の能力。
普段の武器を使う技巧的な闘いではなく、有り余る力を解き放つ豪快な振る舞いだ。
魔族が消滅させられ、シュリュが次に狙うのは結界そのもの。
さながら、ヤマタノオロチのように竜たちは蠢き──結界を食い破った。
「と、とうろ──[橙牢]ぉおおおおお!」
「っ……!」
「多少は遊べるか。ふむ、もう少し楽しませてくれると良いのだがな」
狂ったように『魔王』が叫ぶと、結界が刃のような形で飛んでくる。
結界の強度が高ければ、そりゃあもう不可視の刃なんだろうが……竜は噛み砕く。
無数の刃もなんのその、シュリュは不動のまま竜を『魔王』へ近づける。
一定距離になると、竜の首を切り落としたりするのだが……竜の気は全然尽きない。
「増幅はされるけど、竜気の生成能力は別に無いんだよな」
《なあ、同朋よ。今さらだが、どうして覇の道……長いな、シュリュはあの花なのだ?》
「『天竺牡丹』な。リアが『睡蓮』だったりクエラムが『薔薇』だったり、いろいろとあるけど……シュリュの場合は、普通に皇帝みたいな感じだったからだろうな。地球には、皇帝の名を冠する花もあるんだよ」
《なるほど、読めたぞ。その花とやらが、つまり『天竺牡丹』なのだな!》
御明察の通りです。
花の名はダリア、その日本名が天竺牡丹と呼ばれるのだ。
なので、シュリュの身を纏う『装華』にもダリアの意匠が部分的に施されている。
和名が天竺牡丹だからか、なんとなく中華風でもあるんだよな。
「俺の花も特殊だったけど、読み方が違うだけで基本的には地球にも咲いている花の場合が多いんだよな。把握している限り、その例外は橙色の名を冠する『選ばれし者』たちの『装華』だけ」
《……ああ、あの『魔王』のようにか。なんとも悲惨なことになっているがな》
「アレは自業自得だし、もういいだろ」
会話をしている内に、シュリュの放った竜気が制圧を済ませていた。
四肢は竜に噛まれて拘束中、下手な行動をすれば首に待機している竜が動くだろう。
というか、すでに何度か試しているな……いつの間にか顔にできているダメージや、破壊された鎧がそれを物語っている。
「なぜだ……なぜだ! 竜人族程度、かつての敗北者が、我の邪魔をする!!」
「敗北者……そうか、この世界の竜人族はすでに滅んでおったか」
「この、世界の……まさか! 貴様、他の世界より──」
「朕の威を知らぬ愚かな王よ。死してなお妄執に囚われるその哀れな振る舞い、なんと無残な末路よな」
煽りに煽る、シュリュの言葉一つひとつに苛立ちが高まっていく『魔王』。
このままだと不味いな……よし、ちゃんと伝えておかないと。
「シュリュ―、殺さないでねー。解析とかもあるからねー」
「ふむ、心得た。というわけだ……真実を見抜くこともできぬその濁った眼でも、分かるように終わりを見せてやろう」
「あっ、ああ……うわぁああああああ!?」
シュリュが竜気を一気に高めて増幅し、生み出したのは自身の姿──劉の化身。
より鮮明に現れたその存在は、けたたましく咆えて『魔王』を怯えさせる。
竜種の咆哮は強い力を発揮し、衝撃波すら生み出す。
当然、劉もまた通常種以上の威力を放つことができ──『魔王』は気絶した。
頑張れば耐えられたかもしれないが、極限まで追い込まれた現状じゃ不可能である。
虚脱した肉体を竜に噛ませたまま、劉を消し去るシュリュ。
「其方よ、これで良いのだろう?」
「ああ、助かるよ。これで『魔王』の解析も多少強引にできる」
「うむ、あとで褒美を期待しておるぞ」
今の咆哮で、四天王たちもより深い気絶に陥ったことだろう。
時間もたっぷりあるし、調べられるだけ調べておきますか。
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