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偽善者と策略する日々 三十三月目

偽善者と奉仕活動 後篇

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 夢現空間 浴室


 浴室──つまりはお風呂。
 うちの空間の場合、レジャー施設レベルでかなりの規模なのだが、その部屋の片隅には一人か二人しか入れない小さい湯船もある。

 めったに使われることなど無いのだが、今回の奉仕対象はそれを望んだ。
 あまりにもド直球な要求に、俺は溜め息を吐くも……応じることにした。


「──ただし、姿はメル(妖女)だからね。もう、こんなこと言うのソウだけだよ?」

「主様の心は広い。こうして、なんだかんだ言いつつも共に湯へ浸かってくれていることからも明白じゃろうに。他の者たちは、主様に気を遣っておるのよ」

「……じゃあ、そんなことを言うソウは私を気遣ってくれないの?」

「そんなことは言っておらぬ。むしろ、労いの心じゃよ。主様にこうして……人肌の温もりを伝えるという役得じゃ」


 小さな浴槽の中、お湯が零れるので大した抵抗もできない。
 抱き心地の良いぬいぐるみを抱える少女みたく、ソウは俺をギュッと抱き締める。

 お湯の程よい温かさも相まって、なんだか安心した気分に……特に後頭部が。
 うん、低反発というかなんというか……とにかく気持ちいいです。


「なんとなくじゃが、主様の考えていることが分かるぞ……ふっ、気持ち良いか?」

「…………別に、そんなこと、ないもん」

「はっはっは! これが本当の低反発、とやら──ありがとうございます!」

「ふんっ、ちゃんと反省してよね」


 デコピンに神気を籠めて全力攻撃!
 とはいえ、ソウの体のスペックは縛りを設けてもなお高い……受けた直後にお礼を言う変態性を示せるぐらいには、余裕なんだよ。


「主様よ。たまにはこうして、ゆっくりするのも良いのではないか?」

「ま、まあ……それは、そうだけど」

「ここ数日、同じことを何度も言われてさすがに堪えたか? だが主様のことだ、いずれはまた同じように繰り返すのだろう?」

「…………そう、かもね」


 人は過ちを犯す生き物だ。
 俺は何度も眷属たちを心配させ、その都度何かしらの制裁によって形だけの反省を促される繰り返し。

 形だけ、俺は必要とあらば何度でも同じことをすると自覚している。
 いわゆる、反省はしている後悔はしていないというヤツだな。


「そうじゃな……では主様、儂と一つ賭けをしないか?」

「賭け? うーん……内容によるよ?」

「一度、すべきことを眷属たちに任せてみるのじゃよ。その結果、誰かが困ると言うのであれば儂の負け。そのときは、儂も主様の側に立ち、助力をしよう」

「逆に、誰かが困れば私の勝ちか…………賭けは成立しないからダメ」


 悩んだ末、賭けはやらないことに。
 ソウもなんとなくそうなることを予想していたのか、そこまで驚いた様子はない。


「理由は結構あるんだけど。まず、私はみんなが失敗するイメージが浮かばない。次に、人を巻き込まない方がいい。そして──」

「まだあるのかのう?」

「──ソウが助力したって、ダメなものはダメになるわけだし。うん、役立たずを引き入れたってどうしようもないじゃん」

「~~~~ッ! さ、さすがは主様、こんな時でも忘れぬ鬼畜台詞が輝いておる!」


 ソウはお湯が零れることも気にせず、メルの体をギュッとさらに抱き締める。
 さらに密着度が増し、なんだか吸収されたみたいなように傍から見える姿へ。

 それでもソウの頭に手を伸ばし、よしよしと擦っていく。
 しばらくすると彼女も落ち着き、元のレベルぐらいには密着度を落とした。


「やはり主様しかおらんな。これからも、ふつつかではあるがよろしくお頼み申す」

「……好きにすれば?」

「うむ、そうさせてもらおう!」

「…………ハァ」


 ご奉仕の最中なので、この後は全身丸洗いやらマッサージなどをしたりされたり……少しばかり、ハードになっちゃったけどな。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 夢現空間 個室


 奉仕は朝から晩まで続いていく。
 一日の終わりは、奉仕対象の部屋に赴いて快眠のサポートをすることになっている。


「──『ピーチ太郎は魔小鬼族デミゴブリンたちと、仲良く過ごすのでした』。これで終わりだよ」

「えー、もう終わりー? パパ、もっと聞きたいよー」

「ダーメ。良い子はもう寝る時間だからな、寝るまでいっしょに居てやる、だからそれで我慢してくれ」

「うぅ……はぁい」


 童話(一部改変版)を三冊読み聞かせ、まだ寝なかった俺の娘──ミントとしばらく布団に入ることに。

 もともとはとても小さく、九センチほどしか無かった彼女も、種族として進化を重ねることで普通の子供サイズにまで成長した。

 それはひとえに、彼女自身が人の姿を目指して強くなっていった結果である。
 そしてその理由の根幹に、俺は強く根付いている……だからこそ、父と娘なのだ。


「パパぁ、ずっといっしょだよ」

「! ……そうだな、ずっといっしょだ」


 魔物から人族の姿を得た種族は、総じて寿命が長大だ。
 ファンタジーなこの世界は、寿命による別れも決して少なくない。

 普人やただの異世界人であれば、俺の寿命はすぐに尽きていただろう。
 初期ログイン時は天使だったが、それでもミントより寿命は短いはず。


「……そうじゃないか? ミント、お前は俺が初めて呼んだ迷宮の魔物だもんな」

「?」

「ごめんな、変なこと言って。でも、改めて思ってな……」


 間違いなく、{感情}を得ていなければ迷宮創造などしなかっただろう。
 つまり、ミントやフェニと出会う機会など無かったわけで……。


「お前たちが幸せなら、俺のしてきたことに間違いは無かった。だから…………」

「Zzz……」

「……おやすみ、ミント」


 気づかれないようにミントの布団から脱出し、そのまま部屋を出る。
 なんというか、娘にまた学ばされてしまったな……うん、ちゃんと覚えよう。


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