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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド直後 その13

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 楽屋っぽい場所でペルソナとお嬢が一騒動起こしたり、感づいたアルカにもう一騒動起こされたりといろいろあった……が、上手く切り抜けて脱出した。

 アルカとは、どうもそんな絡み方じゃないと対応ができないんだよな。
 そして、彼女たちともまた、そんな特殊な対応が常となっている。


「メ、メルの腕が……すぐに回復を!」

「ちゃんとその看板を見なさいよ……というより、どうして看板を?」

「『特殊な状態異常により、回復魔法が通じません。お世話し放題です by眷属』……どういうことですか、メル?」

「あはは、えっと……うふふ?」


 笑って誤魔化そうとするが、近づいてくる彼女の圧迫感に目を逸らしてしまう。
 また噴水で待機していたら、現れたアンにネタなのか看板を首から下げさせられた。

 どういう意図かと思っていたら、それはこのため──『月の乙女』たちと遭遇した際にからかうためのものだったのだ。


「と、とりあえず落ち着いてよ、ますたー。見ての通りピンピンしているし、体に負担があるとかそういうわけじゃないから」

「それは……分かりますけど。で、でも、本当に平気なんですか?」

「ますたー、確認なんだけど……もし私じゃなくてアッチの姿だったら、心配して──」

「しませんよ? ええしませんとも。あくまでわたしはメルだから心配するのであってメルスなんて心配しません。まあでも、どうしても心配してほしいのであれば心配して上げなくもないかもですけど……」


 突然ほとんど息継ぎをせず、長文を語る彼女──クラーレ。
 その姿にリーダーであるシガンを見ると、ただただ呆れたように溜め息を吐いていた。


「あんまり、うちの娘をからかわないでもらえるかしら?」

「か、からかわれてなんかいません!」

「そうかしら? ねぇ、本当にそうじゃないと言い切れるの?」

「…………。メル……」


 からかった本人を頼りにするクラーレに、ただ温かな笑みを浮かべるだけの俺。
 まあ、なんだかんだ言いつつ、対応はしてくれるだろうなと思う……そういう子だし。


「ところでみんなはどうしてここに? 他にもいろいろ、やることがあると思うけど」

「たしかにそうなんだけど、メルに言いたいこともあったのよね。だから少しだけ、話に付き合ってもらえないかしら?」

「……。それが大事なことなら、私もちゃんと聞くよ……だからますたー、膝の上に載せようとしなくてもいいからね」


 断っても、頑なに粘るクラーレに負けてその膝に載せてもらう。
 ……途端、ギュッと抱き締めてくる辺り、内容もかなり真面目なのか。


「今回のクエスト中、私たちがいろんな場所へ向かったのは知っているわよね?」

「う、うん。遊撃みたいな感じで、サポートに行ってたんだよね」

「そうね、点々としていったわ。そして、北にも行ったわ」

「北? 北って……!」

「気づいたようね。ええそうよ、ネイロ王国やスリース王国、コールザード王国まで行ったのよ」


 どうしてシガンがわざわざそんなことを口にするのか、答えは簡単──眷属がそこで戦いを繰り広げていたからだ。

 もともと祈念者の少ない地なので、大した隠蔽作業も必要としていない。
 眷属であれば認識できる、その程度で済ませておけば良かった。

 そして、クラーレもまた眷属の一人。
 だから素通りできてしまったのだろう──認識の壁を、そして見てしまったのだ。


「もともとずっと前にあったトーナメント戦で、力があることは体感していたわ。でも、心のどこかで忘れていたのかも……」

「忘れていたって……な、何を?」

「メル……まだわたしたちは、メルたちに遠く及びません。でも、メルはわたしたちに強力……いえ、さまざまなものを提供してくれました。だからこそ、乗り越えられてきたことがたくさんあります」

「ね、ねぇ、ちょっと待ってよ。ますたー、何を言って──」

「──メルス。今まで、本当にありがとうございました。『侵蝕』状態だったシガンを、そしてわたしも救われました。他の窮地も、メルスの支援が無ければ、どうなっていたか分かりません」


 抱いていた腕を外し、肩を掴みながら伝えてくるクラーレ。
 その声はとても真剣で、冗談を交えることすら許さない。

 改めて思う、彼女たちは強い──心が。
 しかし、俺がそれを変えてしまった……そう考えていると、シガンから声が掛かる。


「メルスとの出会いが悪かったわけじゃないわ。これは、私たち自身の問題。だからこそメルス、チャンスが欲しいの」

「…………こっち的には、そもそも問題を起こしているって認識も無いんだけど」

「それでもよ、これはケジメだから。貴方に甘え過ぎていたこともそう……最悪、あのクランハウスを手放すことも考えているけど。でも、その場合は貴方が一番傷つきそうだから止めておくわ」

「うん、それは本当に止めて」


 要するに彼女たちは、俺の偽善に罪悪感を抱いてしまったようだ。
 ただ与え続けられるだけではダメだ、相応の成果が必要なのだと。

 俺としては、ただ共に居るだけで楽しい時間が得られていたのだが……そもそも、彼女たち全員が、この世界に平穏を求めて来ているだけではないことを失念していた。

 正直、彼女たちは深く考えすぎである。
 だがそれでも、いい機会なのだろう……俺としても、彼女たちとの停まっていた関係をどうするのか、見極めるタイミングなのだ。


「……もう、分かったよ。こっちから何か条件を出すから、それを達成してほしい。もしできなかったら、そのときは……」

「そ、そのときは?」

「──しばらくの間、距離を取ろう。それでもダメなら、もう会わない方がいいかもね」


 彼女たちにそう告げる。
 クラーレの顔は見えないが、掴む力が強くなっている……まあ安心してほしい、俺はそういうシリアスな展開──嫌いだからな!


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