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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド直後 その10
しおりを挟むアルカは他の眷属が来ると、入れ替わるように立ち去っていった。
文字通り飛んできたオブリを受け止めて、ドMを貶したりと……一苦労である。
それでも、俺との会話を求めてくれていることくらいは理解しているので、相応に返事はしていく。
「──そっか、この後はお嬢さんがライブをやるのか」
「うん、だからお兄ちゃんもいっしょに行こうよ!」
「あー、今回はここに居るって決めたんだ。悪いな、オブリ。腕はこんなだし、立つのもままならないしな。念話でやり取りはできるから、今日はそれで我慢してくれないか?」
「オブリ、しょうがないでしょ? メルス、この借りはあとでちゃんと返すでしょう?」
「お、おう……ティンスさんや、急に手厳しいですな」
不服そうなオブリの代わりに、言質を取ってきた吸血鬼の祈念者ティンス。
それ自体は全然構わないんだが……そういう約束事も、自然とするようになったな。
二人、そして他の眷属たちもお嬢さんのライブ会場へと向かう。
あのシャインですら、自身のクランのメンバーたちと行く約束をしていたらしい。
だが一人だけ、ライブへは向かわず噴水の縁に座った眷属が居る。
全身を真っ黒な鎧で包む、中身は少女な祈念者ペルソナだ。
「ペルソナか……ちょっと待ってろ、結界を張るからな」
《その状態でもできるんですか?》
「ん? ふっ、ゲーマーたるものどんな状況も想定しないといけないぞ。そう、口封じがされようと魔法を使えるようにしないとな」
《…………》
今回の場合、もともと魔法は腕とは関係なく発動できるモノだしな。
ただ、指を鳴らすノリができないのが少々残念なだけだ。
口下手、というかとある事情で話しづらい彼女が念話で届ける無言。
何も聞こえてこないはずなのに……微妙に呆れたような感覚が伝わってくる。
「ところで、ペルソナはあっちに行かなくてもいいのか?」
《……少しご相談したいことがありましたので。オーさんには、予め断わってあります》
「真面目だな。まあ、それでも見てはおきたいか──ほれ、これでどうだ?」
『~~~~♪』
すでに始まり、歓声が上がっていたライブの映像を俺たちの視線の先へ映し出した。
なお、ライブの各地に居る眷属の視覚・聴覚情報を基にやっております。
ポップなミュージックをBGMに、オー嬢さんが歌を奏で始める。
会場中が一つになって盛り上がる中、俺とペルソナも会話を始めた。
「うん、なんかいいな……それじゃあ、話を聞こうか」
《分かりました……実は、この姿のことで》
「全身甲冑、『黒騎士』様なんて呼ばれ方で有名だな。最近は能力名で<天魔騎士>って言うから、そっちも流行っているらしいけど」
《自分の失敗でもありますが、知られたくないからこそこれに自分を押し込んで隠し通してきました……でも、ずっとこのままじゃダメだと思うんです》
ペルソナのアバターはリアルそのまま。
つまり、鎧を失う=身バレという超危険な状態でプレイを行っているのだ。
だからこそ強く想い──発現したのが固有スキル【魔導甲冑】。
ちなみに色は属性魔力で決まるため、一番隠しやすい闇属性で染めている。
身を包む鎧を得た彼女は、ステータスや認識だけでなく、声や発育までも偽装するスキルを複数獲得し──傍から見れば、いっさい正体の分からない『黒騎士』と化した。
だがあるとき、理不尽な【強欲】の狐に出会い、姿を明らかとされて──今に至る。
俺の眷属となり、さらに隠し通す手段が増えたが……そういう問題じゃないようだ。
「ダメ、ねぇ……具体的には、どうすればいいと思うんだ?」
《この鎧に身を包んでいる間、私の体は成人男性の物になっています。その分、豪快な闘い方はできるのですが……いつまで経ってもそのやり方が慣れなくて》
「ふむ、スキルとかそういう問題じゃないようだな。眷属曰く、魂と魄。それらが上手く噛み合わないと機能しない、そんな話を聞いたことがある。まあ要するに、サイズの合わないアバターは使いづらいってことだ」
実際にはネロのアンデッド講座を聞いていた時の発言だが、上手く誤魔化して伝える。
能力値の低下、スキルの一部使用不可というようなデメリットもあるらしい。
ペルソナの場合、それらは無くとも違和感が酷いようで。
よく今までやってきたな、と思うぐらいの失敗談を聞いた。
「……俺に助力を願って、ペルソナが選べる方法は二つだ。一つ、イアみたいに顔だけはバレない感じでなんとかしてみる。まあ、これだとまだ問題が多いだろう」
《……たしかに、声は出せなさそうです。二つ目はなんでしょう?》
「──新しくアバターを作り直す」
《不可能だと運営側には言われましたよ?》
そう、AFOのシステム的にアバターの再構築はたとえ課金してもほぼ不可能。
種族変更などをして、強制的に一部の特徴が変更されるぐらいだろう。
だが、毎度おなじみのキャッチフレーズを忘れてはいけない。
この世界は『すべてが自由な世界』、やり方次第ではできなくもないのだ。
「ちょいとばかり時間も掛かるし、俺のスキルが必須だから…………その、アレだ。俺にだけ知られてしまうこともいくつかある。もちろん、守秘するつもりだが、そういうのを女の子は嫌がるだろ?」
俺とて眷属に鍛え上げられ、デリカシーの一つや二つ学んだつもりだ……うん、なぜかつもりで終わっているとよく言われるな。
たしかにこのやり方、不可能では無いが全自動でできないのだ。
つまりマニュアル、楽ができるにしてもペルソナの全身データは必要となるだろう。
だからこそ、選べなかったのだが……どう答えてくるのか。
オー嬢さんの歌う静かな曲を聴きながら、彼女の返事を待つのだった。
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