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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド直後 その01

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 しばらく経ってのこと。
 そのうち終わるかと思われたワールドクエストだが、一向にアナウンスが流れない。

 いちおう[クエスト]画面を調べるが、変わったのは終了条件に三体のキメラ種討伐が必要であること──そのうちの二体が、すでに討伐されていることだった。


《リュシル、状況は?》

《メルスさん……いえ、ノゾム君ですね。膠着状態となっています。原因は、一定時間無敵となる能力で時間稼ぎを行っているからですが──そちらでは何を? 祈念者たちの変化から、そちらが影響したと思われます》

《討伐したことが分かったのかな? もう生け捕りにして、ディーが踊り食いしているから平気だよ。ちゃんと討伐にカウントされたことも確認してあるし、たぶん連絡が付かなくなったからじゃないかな?》

《そういうことですか。結界をどうこうできない以上、脱出は不可能。そうなれば、時間の問題ですね》


 リュシルには結界の構築を、マシューにはその護衛と維持の補助を頼んでいる。
 内部には『選ばれし者』たちともう一体の父体が居て、今なお戦闘中だ。

 問題はその父体が、何かを待つように時間の引き延ばしを図っていること。
 無策でやっている可能性もあるが、おそらくそれはない──間違いなく何かある。


「モグモグ……そういうわけだから、そろそろ呑み込んでね……ムグムグ」

『♪』

「ゴクッと。得た能力はアンたちに最適化してもらって、僕やディー以外でも使えるようにしないとね。さて……数字に変化もやっぱり無いし、問題は下のキメラ種だけか」


 喰べた父体から、有用過ぎる能力をいくつか確保してある。
 中には、俺の{多重存在}と似て非なる能力“再起再臨”というものも。

 これは自分自身を複製し、無尽蔵に生みだすことができるという能力だ。
 ただし、{多重存在}と違ってそれぞれがメインの人格になることができる。

 つまり何度死んでも自分ではない自分が再び起き上がる、そういう生存戦略なのだ。
 当然、『選ばれし者』たちが戦っている個体もまた、そうして作られた複製体である。


「アイ曰く、最後には来るって言っていたからな。僕たちは、それに備えないといけないよ。だからね、ディー。そろそろやってくれないかな?」

『♪』


 ディーはバックアップキメラを喰らい、奴らの能力を獲得した。
 それは俺も同じなので、何ができるのかを理解している。

 ──個体同士、特定の情報に限るがやり取りをしているらしい。

 なのでディーに一度キメラ種になってもらい、誤情報を流してもらう。
 そうすれば、何らかの形で反応すると見越してのことだ。

 さっそくディーは姿を変え、辺り一帯に特殊な波長で魔力を送信する。
 それを結界内部のすべてに送り、潜んでいるであろう父体を誘き寄せた。


《──ノゾム君、来ましたよ》

《うん、それで対応は?》

《これまで通り、上手く戦っているみたいですが……少し、不利ですね。蓄えた分の能力があって、時間が掛かりそうです》

《複製体を出していた分、『選ばれし者』への対策もできているだろうしね。母体と戦った時に秘策は出しちゃったし、情報戦の時点で不利になっていたのか……》


 最大火力がバレれば、そこから大半のことは分かるだろう。
 そして、相手は膨大な能力を備えた逃亡特化のキメラ種……倒し切れないはずだ。


《最悪、リュシルお姉ちゃんたちに細工してもらおうと思ったけど、それをやると絶対に分かっちゃうからね。六人の協力回は貴重だから、運営神たちも見ているだろうし》

《私もそう思います。ではノゾム君、私たちは何をすれば?》

《うーん。可能なら傍観、ダメそうなら補助で。絶体絶命なら、直接出てくれてもいいかな? 僕の方で演出するから、そのときはお姉ちゃんたちでアドリブをお願い》


 便利なスキルもあるし、それを使いたいというのもある。
 もちろん、そうはならずと『選ばれし者』たちで地力を発揮してほしいけども。


「そうだなぁ、不要なスキルを封印してまたスキルをレンタルしないとな……あっ、妖刀の方も準備した方が──」

《メルス君、よろしいですか?》

《ん? アイちゃん、どうしたの?》


 戦闘に不要なスキルを封印しながら、突然届いた念話に応える。
 もうキメラ種はリンクが絶たれ、弱体化したはずだが……何かあったのだろうか?


《先ほど、反応を感知しました。進路は間違いなく、ノゾム君たちの居るそこです》

《! ありがとう、すぐに準備するから》

《はい。人族であれば、何もしない限り手を出されることはありません。くれぐれも、お気をつけて》


 アイにはある存在の感知と連絡を頼んでいたのだが……まさに重役出勤である。
 クエストも終盤、それもあと一体でクリアというタイミング……偶然だろうか?

 いずれにせよ、縛りをやっている暇すらも失われたのは間違いない。
 ディーには送還を受け入れてもらい、俺もまた戒めていた姿を元のモノへ。


「盛大に迎え入れないとな。結界は……自分で壊してもらえばいいか? いや、むしろその方がよさそうだ」


 アンに連絡して、速くやってもらわねば。
 すぐに来るぞ──制裁をしに『万蝕』が!


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