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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その20

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 ──ソレはただ観ていた。

 観るとはつまり、能動的に見ること。
 無意識で眺めるよりも集中して視界に捉えた光景は、より深く把握できる。

 ──偽装結界:インストール。
 ──再起再臨:インストール。

 眼下に広がるのは山、そしてその下をもソレは特殊な視界に収めた。
 構築された結界の中で、己と似た役割を与えられた個体による最後の抗い。

 そのすべてをも記録し、この先のキメラ種の繁栄に生かす。
 逃亡ではなく、観照を担う己には最期の軌跡を観取る・・・必要が──

「──“焦光スコーチライト”」

 ──スタート:天眼・偽。

 己の使命は観照、そのために与えられたのは複製の力。
 ただし地下の個体とは異なり、複製できるのは最適化された能力に限る。

 すべてを継承する『逃亡』とは異なり、これからのキメラ種に必要な力のみを持つ。
 だからこそ、無駄な選択を取らずより最適な対応を取ることができる。

 突如放たれた光、即座に起動したのは視覚系の能力を最適化したもの。
 目が捉える情報に、光だけでなく魔力をも含める。

 それによって、一時的に失われるはずの視覚情報を擬似的に補うことに成功した。
 また、その目を凝らし気配もなく近づいた相手を探る。

 だが、その姿は天の瞳にも映らない。

 ──スタート:空間全智。

 一定領域を丸々知覚し、把握する能力。
 点で収められない存在を、線……いや、場所そのものを調べることで見つけ出す。

 それは人族の子供だった。
 容姿の情報は不要、ただしその腕に嵌めた装置だけは、重要な情報ということで母体より注意が送られている。

 システム干渉に成功した、魔法とは違う体系による技術。
 数少ないキメラ種の弱点を突くことができる、魔術と呼ばれるもの。

「──『擬短転移フラッシュブリンク』」

 空間の揺らぎが、声の先から己の下へ近づく子供を知覚させる。
 迷うことなく一直線、否、そうすることしかできない突撃なのだろう。

 ──スタート:絶対防鱗。

 物理、魔力、精気、状態異常……さまざまな干渉を阻む鱗を周囲に展開。
 予測では、鱗が動きを止めるはず──しかし現実は違い、鱗を通過する子供。

「“不可視ノ密偵”を使っていたから、気づかなかったんだね。まあ、ネタバレはしないけど──『奪力吸引ドレインパワー』」

 ──スタート:妨害反転……失敗。
 ──スタート:干渉阻害……失敗。
 ──リスタート:無尽生精。

 体内から奪われるエネルギーを守り、反撃しようとするが失敗。
 せめてと干渉そのものを防ごうとしても、そちらもまた失敗。

 ならばと選んだのは、奪われる速度を超えて回復するという手段。
 こちらは成功したが、長く行っていては相手の強化に繋がると判断。

 ──スタート:完璧攻鱗。
 ──スタート:逢魔転輪。

 巡らせる鱗を攻性の物に切り替え、体内の魔力を己以外では扱えない毒物とする。
 それだけでなく、以降に体外へ放出したすべてのエネルギーが毒性を持つ。

 子供もすぐに耐えられなくなる。
 そう考えるのだが、異様なほどに子供は粘り、今なおエネルギーを奪い続けた。

 鱗を向けて物理的な排除を図るも、魔術と思わしき防壁を突破することができない。
 解析し、魔力自体を分解して破壊を試みるが──発動には間に合わなかった。

  ◆   □   ◆   □   ◆


「魔導解放──“普遍在りし凡人領域”」


 死ぬほど吐き気のする魔力を取り込み、それらを魔術“魔力精製リファイン”で加工。
 どうにか集め終えた精製魔力で発動したのは、才能を否定する凡人のための世界。

 父体──バックアップキメラは一体だけでは無い。
 そのことをリュシルが気づかせてくれたので、俺はこちらの駆除に訪れた。

 下のヤツと違って、保有する能力が少ないことをあのときに知っている。
 もちろん、その能力が相応に高性能なことも重々承知の上だ。

 だが、下の父体がクラウド保存と比喩できるなら、こちらの父体はローカル保存。
 つまり、直接繋がっている下の父体以外から、新たな能力を拾えないのだ。

 魔導を発動した時点で、送受信に関する能力も使えなくなっている。
 つまり、高性能な代わりに高燃費で使えない能力しか今のヤツは持っていない。

 魔導では能力値しか抑えられないので、魔力などは充分にあるだろうが……先ほど何か細工をしたとき、普通の使い方ができないように自らしたみたいだし。


「全スキルを封印──来て、[ディー]」

『♪』


 クールタイムを終えて、再び呼べるようになっていたディーを召喚する。
 この[クエスト]中、多くの経験を経てそれなりに強くなっていた。

 ただ情報を蒐集し、蓄えていただけの出歯亀とは違う。
 そろそろ終わりにしよう、指を鳴らすとその意を得たとばかりにディーが変色する。


「毒は『死想虚毒フェズン』、そして『悲錬泡水サーラレイ』。死ねない毒と溶ける毒。この二つを混ぜるとね、液体になっても魂魄さえ保存できれば生かすことができるんだよ」

『♪』

「そうだね、こんな無駄な時間は不要か。それじゃあディー──イタダキマス」

『♪』


 俺もまた、スキルを封印して一時的に取り戻した能力を限定的に起動。
 瞳の色は青色に、湧き上がる衝動のままにその体を貪り喰らう。

 どれだけ食べても、父体が自ら発動した能力──“無尽生精”とやら──によって生命力と精気力が尽きるまで自動的に再生する。


「喰べ放題だね、ディー」

『♪』

「うぇ、不味い部分だ……まあでも、時々当たりが出るからいいんだけどね」

『♪』


 まあ、下の個体を彼らが倒す頃までには力尽きているだろう。
 そんなことを思いながら、俺とディーは味のロシアンルーレットを楽しむのだった。


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