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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド後篇 その19
しおりを挟むティータイムを満喫しながら、俺たちはその刻が訪れるのを待っていた。
遥か先では、今なお『万蝕』の牙を生やした、母体キメラ種との戦闘が続いている。
だいぶ追い込まれた結果、増産に余裕が失われてその他祈念者たちの増援も入った。
正直、ここに混ざろうかなぁと思ったが、やはりバレるのは怖いので待機です。
「なんというか、バトル物の最終回みたいな光景ではあるよね」
「たしかに、メルスさんの記憶にあった映像と近しい気がします」
「どこも最後は同じ感じだよ。ピンチになって、覚醒して、トドメの一撃で大団円。だけど微妙に次シリーズの布石を残して、どうにか次を見たいという欲を駆り立てる」
「えっと、それは収益が……って、どうしてこんな話をしているんですか。ほら、あそこで頑張っている人たちが居るんですよ!?」
リュシルの言う通り、祈念者たちはこの世界を守るために頑張っている。
まあ、それは傍から見たらそう見えるだけで、我欲のためがほとんどだろうけど。
「そうは言ってもね。僕だって、仕えるようになったからちゃんと支援魔法は使ってるんだよ? どっちも一段階目だから強くないけど、これ以上何をすればいいのかな?」
付与魔法と呪与魔法、バフとデバフの二種類の支援を主戦場のモノたちへ送っていた。
成功率、及び持続時間は短いが足し程度にはなっているだろう。
あの場のモノたちからすれば、俺の送る支援など微粒子程度にしかならないだろうが。
それでも経験値稼ぎに使えるので、ひたすら魔法を発動させている。
ごにょごにょと詠唱を足しているので、いずれ派生版スキルとして無音や省略での詠唱も可能となるだろう……というか、堂々としたいので本気で欲しい。
だというのに、ポイントでいっそのことアルカの【思念詠唱】を買おうと思ったら、まさかの{感情}シリーズと同価値……たしかにそうなんだけどさ。
「リュシルお姉ちゃんも、今は待つのが大切だよ。仕込みはもうできてるんだよね?」
「いつでも大丈夫ですよ。少なくとも、逃げられるということはありません」
「うん、ありがとう。それが一番最悪のケースだしね。さて、そろそろ番組もエンディングの御時間かな?」
マシューの注いでくれたお茶をグイっと飲み干し、茶会の席から降りる。
キメラ種の方を見れば、『選ばれし者』たちがトドメの一撃を放っていた。
湧き立つ歓声、それは目に見える光景によるものだけではない。
ふと開いた[クエスト]画面、母体であるキメラ種の討伐が確認されたからだ。
「──時間だよ、二人とも」
「はい」
「了解しました」
「手筈通りに。僕は……とりあえず、不要なモノを交換してから行くよ」
ギリギリで封印しないと、途中で解除されてしまう可能性があったからな。
すでに決めていたスキルを封印して、再度得たポイントでレンタルを行う。
「大団円の物語で、暗躍したって迎えるのは破滅だけ……それが速いか遅いかだけの話だよね。アイちゃんから連絡が入り次第、僕たちも行動を即座に始めるよ」
「「はい!」」
最後の悪足掻きなので、運営神もチェックしている可能性が高い。
その際、どこまで上手く調整ができるかどうか……そこが難しいところだ。
◆ □ ◆ □ ◆
──ソレはただ逃げていた。
逃げるとはつまり、生存を望むこと。
地を這い向かう先など分からない、だが生きてさえいれば……そう刻まれたソレは、本能の命ずるままに移動を──行えなかった。
《無駄ですよ。結界を壊さない限り、その先へは向かうことができません》
魔力の籠もった思念が、どこからともなく聞こえてくる。
人族の言語も理解しているソレは、女性の思念が何を伝えてくるのかすぐに分かった。
──自分はこの術者を殺さない限り、いずれ殺されてしまうと。
だが、殺すために地上へ出ては本末転倒。
母体を殺した者たちによって、自分もまた殺されてしまうだろう。
──最適能力創造:結界無視。
生き延びるために与えられた能力、それはこれまでにキメラ種たちが培ってきたものすべてを用いて逃げること。
抗うよりも逃げることを選び、必ず己の分身を永劫に繁栄させる。
空間に干渉する能力を複数抽出し、自らを囲う檻から出ようと企む。
《結界を突破しようとしても無駄です。その場合、地上に居る者たちよりももっと強い人たちの所へ飛ばされると思ってください》
しかしそれすらも予測され、警告される。
嘘である可能性は低い、そう語る必要性が思念の主には無い……何より、結界に対する警鐘がそれを真実だと判断した。
──最適能力創造:遠隔攻撃。
逃げる術を失った以上、戦ってそれを勝ち取るしかない。
あくまで最優先は逃げること、そのうえで地上の者たちを殺す算段を図る。
懸念事項は思念の主、結界の解除方法が分からない以上、迂闊に動けない。
だからこそ、ソレは己に与えられた能力を使い何度でも挑戦を行う。
──最適能力複製:超級隠蔽。
──最適能力複製:職業『結界士』。
──最適能力合成:超級隠蔽+『結界士』=偽装結界。
結界を起点にこちらを追い込むのならば、その結界自体に細工を加えればいい。
──最適能力複製:分裂。
──最適能力複製:分身。
──最適能力複製:偽装。
──最適能力創造:多重知覚存在生成。
──最適能力合成:分裂+分身+偽装+多重知覚存在生成=再起再臨。
己を殺すことを目的にしているならば、その死を偽ればいい。
生き延びるためならば、何でもする。
それこそが己の在り様で、それこそが与えられた使命。
父体──バックアップキメラはただ、生き残りたいだけだった。
善意も悪意も無い、ただ生存本能の赴くままに。
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