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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その15

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 特別なことが無い時、もしくは頭が空っぽなとき以外で、基本的に俺は祈念者の眷属たちへ連絡を送ることは無い。

 逆に連絡が来ても拒むことは無いが、やはり自分の都合を押し付けてはならない、と自由民の眷属よりも思うことがあるからだ。


「……ん、歌が聞こえてきたな」

「これが例の……とてもいい歌声ですね」

「『水唱の聖女』。その名に違わぬ歌だと思います。ゴーレムの私にもこのような感傷を与えるとは……」

「水のように浸透して、誰へでも歌を──想いを届ける『聖女』候補だからな。魂魄を持つ存在なら、たとえ精神が破壊されているヤツにでも必ず届く。それこそ、神様の奇跡みたいだろう?」


 オーの歌については、聖女様親衛隊がしっかり調べてくれてあった。
 魔物にも霊体にも通じ、植物状態だった人にも効果があったと教わっている。

 ……その肝心の情報を聞き取るまでに、聞く必要のない情報もたくさん聞いた。
 親衛隊の会員証まで貰ったのは、彼らなりのサービスだったのかもしれないな。

 ともあれ、リュシルの生みだしたゴーレムなマシューにも、そのため歌が浸透する。
 そもそも、受肉の影響などもあって、感受性などは手に入れていたからな。


「この歌が聞こえ続ける限り、圧倒的な量のバフが施される。まあ、簡単に全滅するような展開にはならないだろう」

「単純な武術の型や魔法術式と違い、歌による影響は再現が難しい個人の才能……うってつけですね」

「まあ、人魚かローラレイでも食べて、魔性の声でも再現できるようになれば話は別だろうけど。クリアすべき課題も多いだろうし、今回は無理だろうな」


 事前に用意していた魔物の因子ならともかく、初期が四足歩行型しか居なかったキメラ種たちにそれを期待するのは難しいだろう。

 あくまで最強のキメラ種を求め、単純な戦闘力の高い魔物の因子を集めて取り込んでいたみたいだし……現状でも、力を求めた結果が人型なわけだし。


「リュシル、これからどうしようか?」

「祈念者の方々が母体を倒すことはできると思います。しかし、滅ぼすことはできないかと……メルスさんのよく知る物語でも、そのような展開が多かったのでは?」

「つまり、その後片づけの準備をしておこうというわけか。そういえば、そもそもの目的はバックアップデータをどこに隠しているのかを調べるためだったな」

「メルスさんが手に入れてくれた情報で、それもある程度分かりました。それ用のキメラ種が、母体の近くに潜んでいるはずです」


 防御・隠蔽・逃亡の三点にだけ能力を集中させた、生存特化のキメラ種なんだとか。
 当時の錬金術師がかなりの素材を注ぎ込んだ、最高傑作と日記に書かれていたそうだ。

 母体には『超越種』という埒外の存在を組み込み、バックアップのキメラ種──父体には錬金術の髄を組み込んだ……まあ、だからこその自信なんだったのだろう。


「というわけで、母体ならぬその父体を適度なタイミングで倒せるように準備だけはしておこう。リュシル君、場所を」

「……いえ、分からないからこそ、探しているのではありませんか」

「それもそうか。うーん、定番だと地中。そうでなくとも、サーバーの母体からギリギリ通信距離範囲内の離れた場所だよな」

「捜索用の傀児では、仮称:父体は確認できていないようです。創造者、開発者、いかがなさいますか?」


 マシューが放たれた傀児の捜索状況を教えてくれる。
 残念ながら、やはり浅知恵で出した場所には見つからなかったようだ。

 マッドな錬金術師っぽいし、常人には理解できないことも結構日記には載っていた。
 そういう思想も継いでいるだろうから、簡単には見つからないだろう。


「ちなみにメルスさん、何か探すための手段などはお持ちですか?」

「魔術で“失物探索ロストボンド”、魔導で“神算鬼謀の我が叡智”。あとは【強欲】にも、奪えるモノならそれが在る場所が分かるって能力もあるぞ。まあ、魔術は物探し専門、魔導は俺のお頭の強化でしかない。【強欲】は無しだ」

「縛り中でしたし、仕方ありません。それ以外の方法でなんとかして、発見しておきたいですね」


 できることをやらず、新たな方法を探す俺はバカだ。
 そんな俺のやり方を受け入れてくれる眷属は、やはり器量や心が高潔なんだろうな。

 まあ、そういうことはともかく、父体を探すのであれば、また新しい方法を探さなければならない……縛りプレイは継続中だ、相応のやり方をしなければ。


「今の俺が使えるスキルは少ない。いや、多くはあるけど無駄な物が多い。リュシル、リストを送るから何かいいアイデアを教えてくれないか?」

「……これは。これ、メルスさんの行動で得たスキルですよね? なんというか、いろいろなことに手を出していますね。時折観させてもらっていましたけど、想像以上に歪ですよ、これは」

「意図的に得ているスキルとか、魔本で熟練度を稼いだものもあるからな。一番愚直な修業が必要な武術スキル以外は、それなりに器用貧乏に集められていると思うぞ」


 もともと、初期ログイン時から、たくさんのことをできるようなスタイルだった。
 それはある意味、何もできない現実から脱しようとする俺の願いだったのかもな。

 そんなちっぽけな願いも、{感情}から始まる超絶チートライフによって、いろいろとおかしくなったのだが……まあ、初志貫徹に加えて財力チートがあれば、こんな風になっていたかもしれない。

 さて、そんなスキルの数々でリュシルが俺にどんな策を与えてくれるのか……かなりワクワクしています。


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