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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その10

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 N5W5


 結論から言ってしまえば、とりあえず目的の座標までは辿り着くことができた。
 あとは視界に入る洞窟へ突っ込むだけ、というタイミングでエクラが目を覚ます。


「……あれ、ここは?」

「あっ、起きたね。今、ちょうど目的地に着くところだよ」

「そう……なんですね」

「もう、敬語はやめてよ―。それより、少し速度を落とすからその間に準備してね。あそこを強行突破するからね」


 洞窟の入り口は、キメラ種たちによって防衛が行われている。
 祈念者が内部で戦っているが、代わりに応援が全然来れないのもそれが理由だ。

 だが、さすがにそこを俺のスキルだけで突破するのは無理に等しい。
 起きた彼女の力を借りて、不落の防壁を強引に突き進む予定だ。


「ごめんなさ……えっと、ごめんね? ノゾム君のお陰でしっかり休めたから。ちゃんと役に立てると思うよ」

「ううん、役に立ちたいのは僕の方だよ。エクラお姉ちゃんが最大限力を発揮できるように、サポートなら任せてね」


 移動に使ったスキルのクールタイムを待ちながら、彼女にアイテムを渡しておく。
 始まりの街で作っておいたポーションで、これからの戦闘に使う回復アイテムだ。


「ノゾム君は錬金術ができるの?」

「うん、錬金と調合の両方ね。他にも木工と建築、あとは料理とかもできるよ。エクラお姉ちゃんは、生産系のスキルはあるの?」

「……無いよ。他の人は生産職も選べたはずなのに、私だけ【勇者】一つだったんだ。いちおう[GMコール]で確認したけど、仕様としか言われなくて」

「あ、あーうん。そう、こ、今度、いっしょにスキルを取る練習をしようよ! スキルポイントが無くたって、スキルは取れるんだからね!」


 それだけのキャパを必要とするのが、固有職たる【勇者】の性能。
 器は祈念者という万能のアバターでも、無垢な状態では収まらなかったのだろう。

 故に『勇者』として不要な物を削り、制限付きの状態で与えたのだ。
 ……自由な世界に初期から縛り付きとは、なんとも不幸な話ではあるが。


 閑話休題だいしょうはつきもの


 準備を整え、キメラ種たちの巣窟であり母体の眠る地『昏き冷洞』へ向かう。
 ポーションを飲んで、気合十分なエクラに合図をすると能力を発動してくれる。


「──“光迅盾・心展”!」


 前に使った『進展』がより射程距離と効果範囲を伸ばすモノだったのに対し、今回使った『心展』はイメージした現象の強化とその効果範囲を伸ばすというもの。

 盾は彼女のイメージに従い、膜のような形となった。
 俺はそれを確認後、再び絨毯に魔道具の効果を添えて全速力で突進を開始する。


「行っけぇええ、突撃だぁああ!」

「ひゃぁああ!?」


 キメラ種にぶつかる度、盾が揺れて絨毯にまで影響が届く。
 超音速で動いている以上、その数も強さも尋常じゃない──それで突き進む。

 無暗に口を開けば噛んでしまうほど揺れに晒され、それでも前へ進んでいく。
 体感的には一分も味わっただろう、いつの間にか目の前のキメラ種は一体だけだった。


「エクラお姉ちゃん!」

「うん──“光迅剣・進点”!」


 眼前のキメラ種に対し、エクラは超巨大な大剣を刺突剣のように構えて突き出す。
 お察しの通り、『進点』は飛距離強化と一点集中──キメラ種は胴を失い地に伏した。

 死体には【勇者】の魔物特攻の光が残り、毒となるためキメラ種も迂闊には手を出すことはできない……が、念のため俺も通過時に一滴の雫を垂らしておく。

 銘を『業錬黒死カルマ』、『聖人殺し』と呼ばれるほどに邪気を帯びた禍々しい毒だった。


  ◆   □   ◆   □   ◆


 内部に関しては、ほとんどを祈念者の精鋭たちが処理してくれていたので簡単だ。
 あとは目的地直前までエクラを運び、そこで下ろすだけの簡単な仕事。


「ちょっと、欲張りになっちゃおうか」

「ノゾム君?」

「一回しかできないよ。その代わりに、必ず一撃は通るから。お姉ちゃんは、今できる最高の技を準備して」

「! ──“光迅証”、“光迅域”……」


 次々と発動する強化系の能力。
 初めに起動した二つの【勇者】固有の能力によって、それらは本来以上の性能を発揮することができる。

 光の剣、盾、鎧、脚甲、翼。
 彼女を【勇者】たらしめんとする武装が揃い、準備は万全と頷いた。

 ならば俺も、とかなり多めにスキルを長時間封印する。
 代わりにほんの数秒、身の丈に合わないあるモノをレンタルした。


「何も考えないで、ただあのボスを倒すことだけに集中して」

「……うん」

「じゃあ行くよ──『時貪斬』!」


 時計の針を模した大剣。
 奇しくもエクラの持つそれと同じサイズの剣を、俺は力いっぱい振り抜く。

 その先には何も無い。
 だが、そこに意味は有った。
 これまでに注いだあるものを代償に、この剣は理を覆す事象を発揮する。

 ──その瞬間、時計の針が停まった。

 それを知ることができるのは、俺と対象外に含めたエクラのみ。
 モノクロと化した世界の中、俺と彼女だけが動くことを許された。


「行って、早く!」

「! 後で話を聞くからね!」


 そう言って、母体の下へ直行するエクラ。
 まあ、この後の展開はお察しだろう……ここぞというタイミングで現れた主人公が、勝利へと導くフラグのような展開。


「さて、僕も行かないと……この姿のままだと、さすがに危ないし」

《メルス様……》


 アンも心配そうに声を掛けてくる。
 今回使った武具『時貪リシ刻剣』は、俺の寿命のような概念を注いで効果を発揮した。

 まあ、実際には不老スキルの効果でいっさい悪影響は無かったわけだが。
 擬似的にもそれが一気に失われるということで、錯覚した肉体が虚脱感を生んでいる。

 そんなこんなで、今の俺にはさまざまなデバフが掛かっていた。
 そのため、最後に一回魔法を使うぐらいしか無理そうだ。


「そうだね、ちょっともうダメかも。だから使うよ」

《必ず当てます》

「……抽選かな? ──“召喚サモン眷属ファミリア”」


 参加者全眷属、時間無制限の特別な召喚を発動する。
 しばらくは何もできなさそうだし……誰が来るのかな?


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