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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その09

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 大量のポーションを作り終え、再びエクラと合流する。
 当然というか、やはりなのか……どうやら休憩なしでキメラ種と戦い続けたらしい。

 街の周辺だけの行動範囲を抑えていたようだが、それでもグルグルと廻っていれば相応に消耗する。

 だからだろう、約束の集合時間に見た彼女はとても疲れ切っていた。


「……はい」

「はい?」

「はい!」

「は、はい!」


 絨毯をまず用意、ポンポンと叩いて誘導しようとするが不思議そうに首を傾げるだけ。
 仕方なく声を張り上げると、ビクッとした後に絨毯に座る。

 それから、何度か同じようなやり取りを繰り返した。
 満足が行ったので、絨毯を浮かべて出発したが……彼女は何故と言いたげな表情だ。


「あの、ノゾム君。この体勢は……」

「お姉ちゃんは働き過ぎです。だからしばらく、そうしていなさい」

「うぅ……恥ずかしい」


 現在、エクラの頭は俺の膝の上に。
 絨毯を“風壁ウィンドウォール”で囲っておいたから、寝ているからと吹き飛ばされることは無い。


「嫌ならもう、無茶なんてしなければいいんです。まったく、僕だけを休ませて自分は働くなんておかしいんだから」


 まあ俺は魔術“不屈ノ体ワーカホリック”の効果で、その疲労感を隠しているだけだが。
 しかしその偽装は、探偵であるシェリンも騙せるレベルなので気づかれはしない。

 というわけで、彼女は罪悪感をそれなりに感じているようだ。
 ……その点を除いても、彼女がそれを抱く必要性は皆無だけどな。


「いい、お姉ちゃんは強いよ? でも、それはバトル的な意味でだけ。誰かを救う力があるとして、それをお姉ちゃんの心の強さ以上にやっちゃダメなんだよ」

「…………」

「やりたいからやる、言うのは簡単だけど実際にお姉ちゃんは耐えられなかった。だからこうして、僕の膝に乗っているって分かってほしいな」


 数秒、スキルを一気に封印して神眼をレンタルして視た。
 レベルや職業、スキル欄は無視……体調などを念入りに調べる。

 まあ、予想通りに彼女は働き過ぎで過労状態にあった。
 長期イベントだからこそ、こういう事態に陥ってしまったのだろう。

 需要もとめ供給すくいで言えば、圧倒的に需要が多くなっている。
 俺は偽善者でありたい、そういった活力があるからこそやれているところもあった。

 だが彼女の場合、運営神によって【勇者】が初めから与えられている。
 その役割に担う働きを、そうした強迫観念が無かったとは思えない。


「僕じゃなくてもいい。お姉さんが頼れる人が居た方がいいよ。今は見つからないから、僕が言うよ──無理しちゃいけません!」

「あうっ……」


 無防備な額に指を弾き、ピンっと命中。
 大して痛くないだろうが、反射的にそんな反応を示す。


「分かった?」

「……はい」

「よろしい。それじゃあ、しばらくは寝ていていいからね。お姉ちゃんが寝ている間に、少しぐらいなら速度を補えるアイテムも揃えてあるから」

「で、でも…………分かりました」


 もう一度指を構えると、なんだか仕方なさそうに微笑んで答えるエクラ。
 なんだろう、無茶なことをする弟みたいに見られてるのかもしれないな。

 そう思いつつ、有言実行とばかりに取りだす二つのアイテム──ポーションと靴。
 一つは加速ポーション、そしてもう一つは『神速の革靴』というネタアイテム。

 靴の方はある問題から、使うことができずに大安売りされていた。
 超加速ができる靴なのだが……一歩足を踏み出すだけで壊れるほど消耗するのだ。

 だが、絨毯に乗っていれば足を使う必要は無いので、その問題を解消できる。
 ごくりとポーションを飲み干し、靴を装備して効果を発動──勢いよく駆け抜けた。


「ほらねっ、エクラお姉ちゃんに頼ってもらえるように頑張るから。だから今は、ゆっくりと休んでね」

「……いいのかな?」

「うん。あっ、そうだ。せっかくだから敬語も止めてね。そういう関係の方が、僕はいいと思うんだ」

「分かりまし……ううん、分かった。ありがとうね、ノゾム君」


 緊張の糸が切れたのか、目を閉じて動かなくなったエクラ。
 状態異常の『過労』によって、一定時間は何もできなくなったのだ。

 普通はそうなる前に休むだろうに……やれやれ、困った人である。


「さて、宣言したからには全力で行かせてもらおうかな──“限界突破”!」
《耐久走、駆足、歩行、脱力、駈足、俊足、持久走、空歩、立体機動、感覚強化、俯瞰、遠視、見切、回避、瞑想、冥想、高速思考、並列思考、活魔、身力操作、身力探知、気配遮断、警戒、作業、逃足、隠身、潜伏》


 大量のスキルを重ねたうえで、性能を一気に限界突破スキルで昇華。
 速度は超音速級、しかもステルス性能まで備わった異常な絨毯と化した。

 気配は隠しているが、キメラ種たちには気づかれているだろう。
 だが、気づいても追いつかない、そんな速さで目的地へ向かった。


「目が覚めた時には目的地直前、なんて都合のイイことになればいいけど」


 エリアボスが配置されている場所は、避けて通らなければならない。
 記憶したその場所を上手く躱しながら、さらに北西へ向かうのだった。


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