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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その03

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 お腹いっぱい食べて、心身共に充実してからのこと。
 俺たちは脱出を図るため、とりあえず外へ向かうことにした。


「──えっと、つまりここは日本みたいな場所なんだよね?」

「うん、井島っていう列島。その中心にあるのが、この『鎖刻の回廊』なんだ。本当は四つの出口のどこかから、出ていきたかったんだけど……ちょっと難しいかな?」

「な、なんでなのかな?」

「四つの出口には見張りが居るし、他にも問題があるんだよ。分かっている限り、キメラ種は祈念者が居る場所に向かって進んでいくみたいなんだ」


 彼女には言わないが、キメラ種の出現はおそらく二パターン。
 眷属たちが調べてくれたので、ほぼ間違いないだろう。

 一つは予め決めた場所からの出現。
 こちらは一定数が出現後、何事も無ければそのまま出現しなくなる──事実、眷属を派遣した場所のいくつかがそうなっている。

 そしてもう一つ、祈念者の居る場所を座標としての追撃。
 これこそが、本来祈念者が居ないはずの井島へキメラ種たちが現れた理由。

 キメラ種は、転移で飛ばされたと語るエクラの気配を追って、この地に辿り着いた。
 そして、そのまま外に出れば……キメラ種たちはその島ごと彼女を襲うだろう。


「だから、エクラお姉ちゃんはどちらか選ばないといけないんだ」

「ど、どちらか?」

「──上と下、どっちなら大丈夫?」


  ◆   □   ◆   □   ◆


 前に説明した通り、迷宮への侵入口は島へ繋がる四つだけではない。
 俺とディーが選んだ上空ルート、加え──キメラ種たちが選んだ海中ルートがある。

 だが、空を飛ぶ手段を俺も彼女も(今は)持ち合わせていない。
 ……ディーは俺がソロ活動中じゃないと、どうせ呼び出せない誓約だしな。


「お姉ちゃんの能力、凄いんだね!」

「あはは……。ノゾム君ばっかりに、いろいろとやらせてたもんね。でも、お姉ちゃんも少しはできるんだよ」


 エクラの固有スキルは【呼光栄勇】。
 効果は周囲の光を、自己の強化バフとして使うことができるというもの。

 その応用なのか、彼女の【勇者】の力に重ねることができている。
 ──“光迅鎧”を膜のように使い、海中を移動するなんて使い方をして。

 当時のシャインはアレだったが、いちおうは実力がある【勇者】だった。
 しかし、エクラはそれ以上だ……それだけ使いこなしているうえ、才覚があるのか。


「お姉ちゃんって、【勇者】なの? 僕、前に動画で見たんだ。お姉ちゃんみたいに光を使っているお兄さん」

「うん、お姉ちゃんは【勇者】……なんですけど。あんまり自覚は無いかな? 押し付けられた、みたいなものだから」

「どういうこと? お姉ちゃんはなりたくて【勇者】になったんじゃないの?」

「最初はただの魔法使いだったけど……いつの間にか、【勇者】になっていたんだよ」


 彼女曰く、初期は本当に普通の祈念者だったらしい。
 ……ちょっと不幸話が多かったが、まあそれでも(魔法使い)だったようなので。

 だが、レベルを上げて神殿を訪れ、水晶に触れたとき──不幸が絶頂まで高まる。
 俺が大神に職業を干渉されたように、彼女もまた運営神に【勇者】にさせられたのだ。

 ついでに【呼光栄勇】も与えられ、何かしらのメッセージが付いていたようだが……そちらは文字化けして見れなかったらしい。

 以降、彼女は数々の不幸に遭いながらも、旅をして人々を救っている。
 そして少し前、自由民を守るためにキメラ種と戦うことを決意し──今に至るわけだ。


「じゃあ、お姉ちゃんは【勇者】を辞めたいの?」

「えっ? ……バグかもしれないから、無くなってもいいとは思うかな。でも、自分から手放そうとは思わないよ」

「どうして?」

「──誰かを助けることができるから。借り物でも、私は何かをしたい。ノゾム君、君が私を助けてくれたみたいにね」


 嗚呼、やはり本物は違う。
 だからこそ運営神も、彼女に【勇者】を押し付けたのだと納得せざるを得ない。

 その選択に間違いなど無いのだ。
 力がある、ならば人助けをしようという純粋な心を抱ける人間が、いったいどれだけいるのやら。

 偽善で人を救う俺とは、生物としての格が違うのだろう。
 ならば俺は何をすべきか──本物に習い、倣い続けるだけだ。


 閑話休題レッツラーニング


 そんな凡人から脱せれない哀れな俺の内情に気づかないまま、彼女は海中を進む。
 途中、キメラ種が現れるが“光迅鎧”を破れないまま放射系の魔法で倒される。

 死骸に関しては、海の魔物に任せた。
 陸よりも強い魔物ばかりなので、死体漁りが必要な個体程度ならば、容易く捻り潰すことだろう。


「もうしばらくしたら、陸に上がって舟に乗れるかな? エクラお姉ちゃん、前のイベントで舟は作ってる?」

「…………いちおう」

「? じゃあ、その舟に乗せてもらってもいいかな? 僕は舟を持ってないから、このままだとお姉ちゃんも疲れちゃうし」

「うぅ……分かりました。でも、あんまり期待はしないでね」


 井島からある程度距離が取れたことを確認した後、俺たちは浮上する。
 東に島があることを確認した後、[アイテムボックス]からエクラが舟を取りだす。


「…………」

「…………」

「…………」

「……うぅ、だから嫌だったんですぅ」


 なんだか語尾にまで哀愁が出るほど、ひどく落ち込むエクラ。
 心なしか、これまで纏っていた光の膜すらも若干暗くなっている気がする。

 記憶を必死に洗い直すと、ナックルがエクラの船は小舟だと言っていた。
 当時はモーターボートだと思っていたのだが……まさかの手漕ぎだとは。

 だが、それ以上に驚いたことが一つ。
 俺はそのとき、ナックル経由で一隻のボートをプレゼントしていたはずなのだ。


「本当はもっといいボートがあったんだけどね、実はいろいろあって壊れちゃったの」

「え゛っ、壊れたの!?」

「う、うん。ユニークモンスターと戦っている時は、転覆もしないし凄い舟だったんだけど……いざ海に行こうと思ったら、嵐に巻き込まれたり巨大な亀に吹き飛ばされたり、最後は凄い魔法で破壊されちゃったんだ」

「そ、そんなに……お、お姉ちゃんは悪くないよ! うん、きっと舟を作った人もそう思うはずだよ!」


 魔導、導士の育てた魔物、そして魔法大戦に巻き込まれたとなれば仕方ないか。
 試作品とはいえ、最高品質だったのに……アイツら、どんだけだよ。

 そんなこんなで、俺たちはボートを漕いで陸を目指すことに。
 魔法で補助はするが、果たして着くまでにどれだけ時間が掛かるのやら。


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