2,054 / 2,518
偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド後篇 その03
しおりを挟むお腹いっぱい食べて、心身共に充実してからのこと。
俺たちは脱出を図るため、とりあえず外へ向かうことにした。
「──えっと、つまりここは日本みたいな場所なんだよね?」
「うん、井島っていう列島。その中心にあるのが、この『鎖刻の回廊』なんだ。本当は四つの出口のどこかから、出ていきたかったんだけど……ちょっと難しいかな?」
「な、なんでなのかな?」
「四つの出口には見張りが居るし、他にも問題があるんだよ。分かっている限り、キメラ種は祈念者が居る場所に向かって進んでいくみたいなんだ」
彼女には言わないが、キメラ種の出現はおそらく二パターン。
眷属たちが調べてくれたので、ほぼ間違いないだろう。
一つは予め決めた場所からの出現。
こちらは一定数が出現後、何事も無ければそのまま出現しなくなる──事実、眷属を派遣した場所のいくつかがそうなっている。
そしてもう一つ、祈念者の居る場所を座標としての追撃。
これこそが、本来祈念者が居ないはずの井島へキメラ種たちが現れた理由。
キメラ種は、転移で飛ばされたと語るエクラの気配を追って、この地に辿り着いた。
そして、そのまま外に出れば……キメラ種たちはその島ごと彼女を襲うだろう。
「だから、エクラお姉ちゃんはどちらか選ばないといけないんだ」
「ど、どちらか?」
「──上と下、どっちなら大丈夫?」
◆ □ ◆ □ ◆
前に説明した通り、迷宮への侵入口は島へ繋がる四つだけではない。
俺とディーが選んだ上空ルート、加え──キメラ種たちが選んだ海中ルートがある。
だが、空を飛ぶ手段を俺も彼女も(今は)持ち合わせていない。
……ディーは俺がソロ活動中じゃないと、どうせ呼び出せない誓約だしな。
「お姉ちゃんの能力、凄いんだね!」
「あはは……。ノゾム君ばっかりに、いろいろとやらせてたもんね。でも、お姉ちゃんも少しはできるんだよ」
エクラの固有スキルは【呼光栄勇】。
効果は周囲の光を、自己の強化バフとして使うことができるというもの。
その応用なのか、彼女の【勇者】の力に重ねることができている。
──“光迅鎧”を膜のように使い、海中を移動するなんて使い方をして。
当時のシャインはアレだったが、いちおうは実力がある【勇者】だった。
しかし、エクラはそれ以上だ……それだけ使いこなしているうえ、才覚があるのか。
「お姉ちゃんって、【勇者】なの? 僕、前に動画で見たんだ。お姉ちゃんみたいに光を使っているお兄さん」
「うん、お姉ちゃんは【勇者】……なんですけど。あんまり自覚は無いかな? 押し付けられた、みたいなものだから」
「どういうこと? お姉ちゃんはなりたくて【勇者】になったんじゃないの?」
「最初はただの魔法使いだったけど……いつの間にか、【勇者】になっていたんだよ」
彼女曰く、初期は本当に普通の祈念者だったらしい。
……ちょっと不幸話が多かったが、まあそれでも(魔法使い)だったようなので。
だが、レベルを上げて神殿を訪れ、水晶に触れたとき──不幸が絶頂まで高まる。
俺が大神に職業を干渉されたように、彼女もまた運営神に【勇者】にさせられたのだ。
ついでに【呼光栄勇】も与えられ、何かしらのメッセージが付いていたようだが……そちらは文字化けして見れなかったらしい。
以降、彼女は数々の不幸に遭いながらも、旅をして人々を救っている。
そして少し前、自由民を守るためにキメラ種と戦うことを決意し──今に至るわけだ。
「じゃあ、お姉ちゃんは【勇者】を辞めたいの?」
「えっ? ……バグかもしれないから、無くなってもいいとは思うかな。でも、自分から手放そうとは思わないよ」
「どうして?」
「──誰かを助けることができるから。借り物でも、私は何かをしたい。ノゾム君、君が私を助けてくれたみたいにね」
嗚呼、やはり本物は違う。
だからこそ運営神も、彼女に【勇者】を押し付けたのだと納得せざるを得ない。
その選択に間違いなど無いのだ。
力がある、ならば人助けをしようという純粋な心を抱ける人間が、いったいどれだけいるのやら。
偽善で人を救う俺とは、生物としての格が違うのだろう。
ならば俺は何をすべきか──本物に習い、倣い続けるだけだ。
閑話休題
そんな凡人から脱せれない哀れな俺の内情に気づかないまま、彼女は海中を進む。
途中、キメラ種が現れるが“光迅鎧”を破れないまま放射系の魔法で倒される。
死骸に関しては、海の魔物に任せた。
陸よりも強い魔物ばかりなので、死体漁りが必要な個体程度ならば、容易く捻り潰すことだろう。
「もうしばらくしたら、陸に上がって舟に乗れるかな? エクラお姉ちゃん、前のイベントで舟は作ってる?」
「…………いちおう」
「? じゃあ、その舟に乗せてもらってもいいかな? 僕は舟を持ってないから、このままだとお姉ちゃんも疲れちゃうし」
「うぅ……分かりました。でも、あんまり期待はしないでね」
井島からある程度距離が取れたことを確認した後、俺たちは浮上する。
東に島があることを確認した後、[アイテムボックス]からエクラが舟を取りだす。
「…………」
「…………」
「…………」
「……うぅ、だから嫌だったんですぅ」
なんだか語尾にまで哀愁が出るほど、ひどく落ち込むエクラ。
心なしか、これまで纏っていた光の膜すらも若干暗くなっている気がする。
記憶を必死に洗い直すと、ナックルがエクラの船は小舟だと言っていた。
当時はモーターボートだと思っていたのだが……まさかの手漕ぎだとは。
だが、それ以上に驚いたことが一つ。
俺はそのとき、ナックル経由で一隻のボートをプレゼントしていたはずなのだ。
「本当はもっといいボートがあったんだけどね、実はいろいろあって壊れちゃったの」
「え゛っ、壊れたの!?」
「う、うん。ユニークモンスターと戦っている時は、転覆もしないし凄い舟だったんだけど……いざ海に行こうと思ったら、嵐に巻き込まれたり巨大な亀に吹き飛ばされたり、最後は凄い魔法で破壊されちゃったんだ」
「そ、そんなに……お、お姉ちゃんは悪くないよ! うん、きっと舟を作った人もそう思うはずだよ!」
魔導、導士の育てた魔物、そして魔法大戦に巻き込まれたとなれば仕方ないか。
試作品とはいえ、最高品質だったのに……アイツら、どんだけだよ。
そんなこんなで、俺たちはボートを漕いで陸を目指すことに。
魔法で補助はするが、果たして着くまでにどれだけ時間が掛かるのやら。
0
お気に入りに追加
510
あなたにおすすめの小説
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
DPO~拳士は不遇職だけど武術の心得があれば問題ないよね?
破滅
ファンタジー
2180年1月14日DPOドリームポッシビリティーオンラインという完全没入型VRMMORPGが発売された。
そのゲームは五感を完全に再現し広大なフィールドと高度なグラフィック現実としか思えないほどリアルを追求したゲームであった。
無限に存在する職業やスキルそれはキャラクター1人1人が自分に合ったものを選んで始めることができる
そんな中、神崎翔は不遇職と言われる拳士を選んでDPOを始めた…
表紙のイラストを書いてくれたそらはさんと
イラストのurlになります
作品へのリンク(https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=43088028)
虚弱生産士は今日も死ぬ ―小さな望みは世界を救いました―
山田 武
ファンタジー
今よりも科学が発達した世界、そんな世界にVRMMOが登場した。
Every Holiday Online 休みを謳歌できるこのゲームを、俺たち家族全員が始めることになった。
最初のチュートリアルの時、俺は一つの願いを言った――そしたらステータスは最弱、スキルの大半はエラー状態!?
ゲーム開始地点は誰もいない無人の星、あるのは求めて手に入れた生産特化のスキル――:DIY:。
はたして、俺はこのゲームで大車輪ができるのか!? (大切)
1話約1000文字です
01章――バトル無し・下準備回
02章――冒険の始まり・死に続ける
03章――『超越者』・騎士の国へ
04章――森の守護獣・イベント参加
05章――ダンジョン・未知との遭遇
06章──仙人の街・帝国の進撃
07章──強さを求めて・錬金の王
08章──魔族の侵略・魔王との邂逅
09章──匠天の証明・眠る機械龍
10章──東の果てへ・物ノ怪の巫女
11章──アンヤク・封じられし人形
12章──獣人の都・蔓延る闘争
13章──当千の試練・機械仕掛けの不死者
14章──天の集い・北の果て
15章──刀の王様・眠れる妖精
16章──腕輪祭り・悪鬼騒動
17章──幽源の世界・侵略者の侵蝕
18章──タコヤキ作り・幽魔と霊王
19章──剋服の試練・ギルド問題
20章──五州騒動・迷宮イベント
21章──VS戦乙女・就職活動
22章──休日開放・家族冒険
23章──千■万■・■■の主(予定)
タイトル通りになるのは二章以降となります、予めご了承を。
モノ作りに没頭していたら、いつの間にかトッププレイヤーになっていた件
こばやん2号
ファンタジー
高校一年生の夏休み、既に宿題を終えた山田彰(やまだあきら)は、美人で巨乳な幼馴染の森杉保奈美(もりすぎほなみ)にとあるゲームを一緒にやらないかと誘われる。
だが、あるトラウマから彼女と一緒にゲームをすることを断った彰だったが、そのゲームが自分の好きなクラフト系のゲームであることに気付いた。
好きなジャンルのゲームという誘惑に勝てず、保奈美には内緒でゲームを始めてみると、あれよあれよという間にトッププレイヤーとして認知されてしまっていた。
これは、ずっと一人でプレイしてきたクラフト系ゲーマーが、多人数参加型のオンラインゲームに参加した結果どうなるのかと描いた無自覚系やらかしVRMMO物語である。
※更新頻度は不定期ですが、よければどうぞ
VRMMO~鍛治師で最強になってみた!?
ナイム
ファンタジー
ある日、友人から進められ最新フルダイブゲーム『アンリミテッド・ワールド』を始めた進藤 渚
そんな彼が友人たちや、ゲーム内で知り合った人たちと協力しながら自由気ままに過ごしていると…気がつくと最強と呼ばれるうちの一人になっていた!?
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
女神様から同情された結果こうなった
回復師
ファンタジー
どうやら女神の大ミスで学園ごと異世界に召喚されたらしい。本来は勇者になる人物を一人召喚するはずだったのを女神がミスったのだ。しかも召喚した場所がオークの巣の近く、年頃の少女が目の前にいきなり大量に現れ色めき立つオーク達。俺は妹を守る為に、女神様から貰ったスキルで生き残るべく思考した。
ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~
三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】
人間を洗脳し、意のままに操るスキル。
非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。
「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」
禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。
商人を操って富を得たり、
領主を操って権力を手にしたり、
貴族の女を操って、次々子を産ませたり。
リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』
王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。
邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる