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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド後篇 その01

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 N5W5


 彼女が[ログアウト]をしている間に、情報収集をしておくことに。
 当然、意識を飛ばすのはキメラ種たちの母体が眠る地──昏き冷洞。

 今なお、祈念者のトップ集団がここでキメラ種の中でも母体の性質を引き継いだ厄介な個体を食い止めている……ということになっているだろう。

 実際に、その大多数を殺し尽くしているのが誰なのか、知っているのはごく少数だ。
 そしてその一人が現在、キメラ種に苦戦しながら戦う男こそがナックルだった。


《おーい、そっちの様子は──》

「っ、ちょうどいい! メルス、すぐに頼みたいことがある! こっちに一人でいいから眷属さんを連れて来てくれ!」

《……マジでヤバそうだな。わざわざさん付けって、そんな奴だったっけ?》

「いや、そこどうでもよくないか!? と、とにかく不味い! ほら、向こうをしっかり見てくれよ!」


 連絡した直後、なんだか急に俺へ眷属派遣の要請をしてきたナックル。
 なんのことかと思ったが、言われた通りに指さされた方向を見ると……納得できた。

 そこにはこれまでのキメラ種よりも、人型に近い個体がたくさん。
 人ではない、たとえるなら二足歩行をする獣と言った感じだろう。

 そんな人型キメラ種たちを、祈念者たちは必死に倒そうとしている。
 だが、人型になったからかなんだか知性の方も向上しているようで。

 ──武術の真似事を始めていた。
 武技はスキルの産物なので完全にはできていないようだが、それでも祈念者の動きからだんだんと理解している。


「このままだと、負ける。一体作るのにそれなりのコストと時間が必要みたいだが、それでも強すぎて何体も残ってるんだ。それぞれが四足歩行の個体を統率できるみたいで、極限まで追い込んでも操って逃げるんだよ」

《まあ、なんとも面倒臭い。けどまあ、それならそれで飛ばせばいいと思うけどな》

「……あんなに注目されているのを、向こうに送れると思うか? あと、さすがにやっていることがバレたんだろうな。四足歩行の奴らに効きが悪くなったと思ったら、人型にはいっさい通じなかった」

《気づかなかった。それだけ多く送っていたからなぁ……となると、その性質もそのうちリンクすることになるのか。ハァ、あとで数が足りないって言われるんだろうな》


 キメラ種の一部を、眷属たちが待つ亜空間に送っていたが……それもできなくなった。
 そうなれば、力を振るう場を失った眷属たちが何をするのやら。

 それ以上の問題として、元終焉の島の住人だった眷属は外出厳禁だ。
 リオンと(友神の運営神)に隠してもらっているが、バレた時が危うい。

 そうじゃない眷属ならやりようもあるが、彼女たちがバレると間違いなく揉める。
 具体的には、クエストが発行されて狙われるだろうなぁ。


《錬金毒の方はどうなんだ?》

「アレは効いているけど、圧倒的に数が足りてねぇんだよ。あと、素のスペックが高いせいか通じづらい。漫画とかで、猛獣にも効く毒が効いてないアレと同じ感じだ」

《まっ、人だって何にでも対策してきたんだし。そういうときもあるさ。ならまた、新しいやり方でも探せばいい。眷属の方は……クランの奴でいいか?》

「……贅沢は言ってられないか。どっち側でも、お前の眷属になったヤツって強いし」


 自由民と祈念者の眷属、どちらが強いかと聞かれれば前者だと断言できる。
 だがその分、使いどころが問題になるので祈念者たちに頼もうと思う。


《──とりあえず、連絡はしておく。誰も来ないなら仕方ない、こっちで手を回すぞ》

「すまないな」

《やりたいからやってるんだよ。ああそうそう、一番最後にはたぶん『超越種』が出ると思うから気を付けろよー》

「! おい、それどういうこと──」


 ナックルに確認したいことは確認できた。
 次は眷属たちへの連絡か……久しぶりに、アレで連絡を取りますか。


  ◆   □   ◆   □   ◆


「──『ワレ N5W5ニテ キュウエン モトム』っと……よし、これでいいかな?」


 意識を戻し、始めたのはタブレット操作。
 眷属全員が持っているので、必要な情報を連絡するのにはちょうど良かった。

 暇なら観るだろうし、忙しいなら何もしない……これだけでも充分だ。
 何かを強要したいわけでもない、自由であることは眷属にしたときに約束したからな。


「キメラ種の人型か……やっぱり、どこかで自由民を食べちゃったのかな? 救えなかったか……祈念者を食った影響ならいいけど」


 死に戻りをすると、祈念者のアバターは強制的に回収される。
 どんな状況にあろうと、ゲームの無敵状態のように脱出可能になるのだ。

 キメラ種が祈念者を喰ったことが一度も無い、ということは無いだろう。
 だが、それ以上に自由民が食べられる可能性の方が高い。

 先ほど視認したキメラ種、多種多様な見た目だったが……それはキメラ種としての魔物的特徴だけでなく、人型としても老若男女問わない容姿だった。


「……最悪、本気で動こうかな?」

《──メルス様》

「うん、分かってる。最優先は眷属だから、やらかすわけにはいかない。それでも……もし誰も手を伸ばさないなら、それをやるのが偽善者の仕事だ」

《わたしたちは、メルス様を全力でサポートするためにいます。必要とあらば、どのようなことでもします》


 アンの覚悟、それは眷属たちの総意だ。
 否定するわけにはいかない……祈念者たちよ、彼女たちに決断をさせないでくれ。

 ──俺が止めることは無い、たとえその先に何が起ころうとも。


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