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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド中篇 その19
しおりを挟む井島 獅剋
まずは情報収集のため、気配を隠したまま島の上層を散策することに。
迷宮は下層にあり、他の列島に繋がる……その程度の事しか俺は知らない。
「迷宮なんだから魔物は出るし、複雑な迷路だってあるかもしれない……そういう部分を知るのが、重要なんだよ」
『♪』
「本でもあれば簡単なんだけど……うーん、さすがに難しいよね」
うん、見覚えのあるアルファベットが目印の商会が見えるけど、今は止めておこう。
キメラ種騒動で忙しいだろうし、それなりに散財しちゃいそうだしな。
というわけで、情報収集は至ってシンプルに立ち聞き……現代での俺が磨いた技能が、今役に立つ!
「…………言ってて悲しくなるなー」
『?』
「ううん、何でもない。ディーも少しだけ手伝ってもらうからね」
『♪』
そこからはひたすら情報収集だ。
隠蔽系スキルと読唇、盗聴といったスキルが大活躍。
魔術も“不可侵ノ密偵”も使っているし、魔法だっていくつか使う。
バレれば逃走スキルでとんずらするし、見つかれば虚言と詐術と詭弁スキルが働く。
「……つくづく僕って、こういうのに向いている人種なんだよねぇ」
『♪』
「慰めてくれるんだ……ディーは本当にいい子だなぁ!」
『♪』
そうして隠れながら情報を集め、それなりの情報を得た。
運よく迷宮の探索者たちが、地図を広げていてくれたのが特に。
ひっそりと、注意深く周囲を警戒しながらだったのだが、“不可侵ノ密偵”が驚くほどに効果を発揮してくれた。
「頑張って地図を書き取ったせいか、速筆スキルと複写スキルなんてものが取れたよ。ますます盗みに力が入っちゃう気がする……」
だが、記憶スキルも得られたのは幸いだ。
まだレベルも低いのでそこまで覚えられないのだが、そこは工夫のしどころ……今後も重用するスキルになるだろう。
「まあ、そんなこんなで準備はできたよ。あとは迷宮に入るだけ!」
『♪』
「この島にさえ入れれば、そこまで厳重にはしていないみたいだったからね。とりあえず行ってみて、ダメならまた考えよう」
『♪』
適当な考えだったが、割と自信はある。
失敗しても失うモノはない、気楽にやってみようじゃないか。
◆ □ ◆ □ ◆
鎖刻の回廊
結論から言おう──失敗した。
「──どこだ、必ず見つけ出せ!」「くっ、まさかそこまでの覚悟だったとは……」
入り口から堂々と入った俺たち、しかし見た目は子供だ。
年齢云々を言われたり、資格が無いことを咎められたりした。
引き返して作戦を練り直そうとも思ったのだが……ここでトラブルが発生。
キメラ種が地上に出ようと、まさかの迷宮からの脱出を図ろうとしていたのだ。
うん、いかにもなご都合展開に喰らい付いちゃいました。
すぐさま錬金毒でディーに倒させ、捕食して回収した後に内部へ侵入。
そのことがバレたのか、見張りの内二人ほどが俺を探そうとしている。
が、隠れてしまえはこちらの勝ち、無数の隠蔽系スキルが俺の身を隠した。
「…………ふー、どうやら行ったみたい。でも、あんまり目立たないようにしないとね」
『♪』
「にしても、キメラ種が迷宮から出てくるのは想定外だったな……やっぱり噂は本当なのかもね」
噂とは、この迷宮にまつわる話。
正規ルートとして、迷宮へ侵入することができる道は四本で、それぞれが列島へと接続している。
だが曰く、それとは別にまだ隠された道が存在しているんだとか。
そしてそのうちの一本は、深い海の底と繋げられているらしい。
「ディー、死体は消えてないよね?」
『♪』
「うん、つまりキメラ種は迷宮産の物じゃないってこと。別の道、もしくは海の中かどこかの別ルートから入ってきたってこと」
海の魔物は強いため、キメラ種も相応のレベルとなっている。
グーが居る付近はともかく、他の場所へ侵攻したキメラ種は止められなかったのか。
そして、そのうちの何体かが、この地に居るという祈念者を襲うべくここに来た。
……まあ、凡人が創作物の知識を頼りに浮かべられる空想はこれが限界だな。
「他の探索者たちも、消えない死体で怪しむだろうけど……問題はすぐに消却しないと次が来ることを知らないこと! 不味い、すぐに探して!」
『♪』
いつからここに潜り込んでいるのか分からない以上、大した対策もできていないはず。
そんな状態で一気にキメラ種から攻め立てられれば、溜まったモノじゃない。
間違いなく死ぬ。
例の祈念者はともかく、何も対策をしなければ多くの犠牲者が出るだろう。
「くっくく……ふはははは!」
『?』
「僕の出番だよ、ディー! 偽善だよ、こういうのは久しぶりなんだ!」
自由民を巻き込んだのは祈念者、ここまで連れてきたのも祈念者、そして井島を眷属に守らせなかったのも祈念者。
彼らに罪なんてない、完全なる犠牲者。
それを救おうとする、嗚呼……なんて偽善チックな展開なんだろうか!
「っ……【傲慢】が過ぎたかな? 久しぶりだから昂っちゃったよ。とにかく、みんなを助けるのが僕たちのお仕事だ。頑張ろうね、ディー」
『♪』
頼れる相棒と共に、迷宮の奥深くへ。
もちろん、錬金毒も忘れない……負ける可能性なんてごめん被るからな。
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