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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド中篇 その16

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 S4E8 シルフェフ


 グーとの会話から目を覚ますと、そこには海が広がっていた。
 どうやらすでにヒュム近海を渡り、東側へ来ていたようだ。

 だが、眼下に広がる光景は荒んでいる。
 眷属を派遣しなかった街がどうなるのか、それらを改めて知らしめられた。


「これは……たしかにこんな風にピンチにもなれば、数人ぐらいは目覚めそうだよね──固有能力に」


 祈念者は必ず、自由民は稀に発現することのある固有能力。
 それがスキルとしてか、職業としてかなど差はあるが……いずれも何らかの形で強力。

 キメラ種との戦いともなれば、それに合わせた力が発現する可能性が高い。
 より強力に、より高性能に……それを望む勢力があるということだ。


「ディー、遠回りしてあんまりバレないように潜入できないかな?」

『ピー♪』


 海に面した町は、キメラ種の侵攻場所が絞られるのでそちらへの警戒が厳重だ。
 現在はちょうど町の西側──海側に居るので、北から入ることを選ぶ。

 幸い、そこまで厳重ではなかったので冒険者として堂々と入ることができた。
 今は防衛に専念しているので、他の場所は最低数の衛兵だけで抑えているらしい。

 そんなわけで、町へ入った俺はとりあえず治療行為に全力を注ぐ。
 縛り中でも、できることはそれなりにあった──魔術と回復魔法を可能な限り使う。


「そうだ、回復系と魔力の操作系……あとは念のための自衛用のスキルを残して。今だけ何かを借りよう」


 そうして武術スキルの大半、回復魔法以外の魔法スキル、ほとんどの身体・技能・特殊スキルをポイントにするため一時封印。


「代わりにスキルを……いや、下げた分だけ魔力が減っているか。となると、アイテムの方がいいね──『死葬の修道服セット:女体化サービス付き』にしよう!」


 その選択をした途端、ポンッと魔法を掛けられたかのように一瞬で姿が切り替わる。
 ……まあ、たぶん本当に変身魔法が施されたんだと思うけど。

 すでに何度か纏った、頭巾が無いベールとワンピースを合わせたようなシスター服。
 アイこと『還魂』との戦いの果てに勝ち得た、彼女の力の一部を宿した装備だ。

 そのため、非常に消費ポイントが高い。
 それでもそれを使ったのは、他の選択肢では救えなくなってしまうであろう命があると直感が囁いたからだ。


「サイドなエフェクトじゃなくて、あくまでもスキルだけど……うん、頑張らないと」


 今の姿はノゾムではなくメル、世間一般からすれば重い代償を支払っているだろう。
 何度もやって抵抗感を失っているので、正直どうとも思わないが……まあ間違いない。

 あとのやることは神殿でやったこととほぼ同じ、ただ姿を見せないで範囲回復魔法を発動し続けるだけの簡単なお仕事。

 修道服を着ている間は、身・能力値や彼女に関する属性の適正補正が尋常じゃない。
 なので息をするように上位の魔法を発動し続けられ、スキルレベルもガンガン──


《あっ、それはさすがに無しなので貯蓄に回しました。まったく、油断も隙も無い方ですね……》

「くっ、やってから気づいた名案が!」

《上がった分は回収しませんので、詫び石のような感覚で受け取ってください。まさか、こうした選択をすると予想だにしていなかったこちらの不手際ですので》

「そうさせてもらうよ……ハァ」


 なお、得たのはどれも回復系統。
 一つだけ聖属性の魔法を得られたが、おそらく解除したらレベルが上がらないだろう。

 祈念者の体アバターがハイスペックでも、受肉した魂魄がアレだと正常に機能しなくなる。
 俺の場合、それは演技スキルなどに該当する……成長しないし、レベルも上がらない。

 聖属性への適性を、俺が持っているかと訊かれると……絶無に等しいだろう。
 対応する下位属性──光と回復は習得できたので、不可能ではない。

 しかし、上位になればなるほど、適正というか純度が求められる。
 色にも深みがあるように、属性もまたより深い方が性能が高い。

 魔法の場合、一定の純度が無いとダメだからな……今度眷属に相談して、なんとかならないか試してもらおう。


「うん、とりあえず一通りは回復できたみたいだね。なんだか【聖女】様って声が聞こえるんだけど……なんだかその子に申し訳ない気がする」

『ピー?』

「えっと、最初から分かってたんだけど、広い場所で頑張って回復魔法を使っている女の子がいたんだ。その子が居たから、僕はバレないと踏んで魔法を使ったんだよ」


 いきなり何も無い場所から魔法が発生するよりかは、誰かが使っている魔法で癒されたと思う方がいいと判断してのことだ。

 なお、狙うタイミングは彼女が懸命に集中しているとき。
 一番強いヤツは、気絶するほど魔力を注いだのを視たときだな。

 上手くいったようで、魔法行使が終わるまでに全員を癒すことができた。
 この後も負傷者は出るだろうが、それ以降はポーションでもなんとかなるだろう。

 ──なんて考えていると、俺の姿はノゾムとなり、装備も元の状態に戻っていた。


「あっ、レンタル期間が過ぎたんだね……それじゃあディー、次の場所に行こうか」

『ピー♪』


 そうして俺たちは、再び次の目的地に向けて移動を始める。
 ……正直、ここがいいって場所はまだ決めてないんだけどな。


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