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偽善者と混乱の牙 三十二月目
偽善者と大規模レイド中篇 その15
しおりを挟むW1 迷いの森
現在、ディーに乗って再び移動を始めたため語るべきことがほとんどない。
そこで意識は別の場所へ移し、眷属たちの様子を見ることに。
始まりの街から西へ、木々が人々を迷わせる不思議なフィールド。
彼女はそこで一振りの剣と鎖を携え、キメラ種たちを屠っていた。
《──って、もうティルの役目があるぐらいには不味いのか?》
「あら、メルス。そうじゃないわよ。単に暇だったから、遠くの個体だけ処理させてほしいって言ったのよ。さすがに丸一日何もしていなかったから、いろいろと大変でね」
《……なるほど、血に飢えていたと》
「失礼ね、妖刀や魔剣みたいに言わないで欲しいわ。単に獣性から来る闘争本能に駆り立てられているだけよ。周りが戦っているから余計にね」
腰で震える獣聖剣を宥めながら、担い手である彼女──ティルはそう語る。
我慢させることはできるらしいが……あまりさせたくはないらしいな。
この森は祈念者よりも強い月詠森人という種族が防衛を行っているので、大した被害は出ていない。
高いレベルに優れた技術、そして地形の利なども味方して有利に戦えているそうだ。
処理も森の木々がやっているようで、死肉喰らいもさせないらしい……怖いな。
「そういうわけで、本当に暇だったのよ。ならせめて、悪知恵を働かせようとしていたキメラ種ぐらいはどうにかしておこうって思ったわけね」
《なるほど、それで森の外延まで足を延ばしていたわけか》
ティルは現在、森ではなく外部との境界線まで来て剣を振るっている。
キメラ種もそれなりに頭が回るのか、森の上空から侵入しようとする個体が現れた。
しかし、そういった個体はすべてティルが放つ斬撃の前に沈む。
魔法的要素はいっさいなく、彼女の力量と剣の冴えだけでそれを成し得ていた。
《なんともまあ、見事な腕前で。さすがはお師匠様です》
「そこまでのことはしてないじゃない……誰でも頑張ればできることよ」
《並大抵の人は、武技もその他の補正もいっさい使わないで斬撃を出すのは無理だと思います。俺もスキルで学習能力を上げられないなら、諦めていただろうし》
「でもやり遂げた、結果は付いてきているのだからそれでいいのよ。胸を張って誇りなさい、貴方はそれを果たしたのだから」
なお、魔法的要素は無いが魔力や精気力は使っている空飛ぶ斬撃。
それらを自然な形で、かつ意図して剣に籠められるかが成功の合否を分ける。
銃で例えるなら、ライフリングまで全部手動でやるような苦行。
飛ばした斬撃を維持し、真っすぐ飛ばすのも一苦労なのだ。
ティルは息をするようにできても、俺はそれなりに集中する必要がある。
少なくとも、頭一つを全力で回転させてもまだ足りないレベルだ。
「それで、これからどうするの? また何かするつもり?」
《いやまあ、そうなんだけど……可能な限りは安全にやりますよ》
「そうしておきなさい。じゃないと、誰がいつ動くか分からないからね」
《……はい》
そんな会話の後、俺は再び意識を別の場所へと移動させる。
ティルの言葉は忘れない、特殊な目を持つ彼女の言うことだからな……。
◆ □ ◆ □ ◆
サルワス 近海
これまた一方的かつ圧倒的な勝利で無双している海上の戦い。
それを成し得たのは港町の男たち……ではなく、狐耳を生やした愛らしい女性だ。
彼女の名前はグー、【強欲】の武具っ娘にして九尾の狐人である。
《お疲れ様、グー》
「マスター、観ていてくれたんだね」
《ついさっきからな。それより凄いな、もう対策ができつつあるみたいだ》
「代償が伴なう魔法なら、比較的容易に開発できるからね。あとは閉じ込めて、僕のやりたいようにするだけさ」
彼女を構成する魔武具『万智の魔本』の能力には、魔法を生み出す力も存在した。
彼女はそれを使い、対キメラ種用の魔法をいくつか開発していている。
眷属たちがそれを使えるよう、よりキメラ種へ効果があるよう今は改良を行っていた。
幸いにも、材料は海の中にたくさんいるわけで……つまりはそういうことだ。
「それよりも、面白いことが分かってね」
《面白いこと?》
「ああそうさ。どうやらキメラ種には、魔法よりも魔術やその他の魔力運用技術の方が通用するんだ。調べた限り、受けた攻撃の分だけ耐性が付いているからだろう」
《総数の方でか……そりゃあ後半になればなるほど、苦戦すること間違いなしだな》
同じような攻撃を魔法と魔術でやっても、魔術の方が通ったらしい。
それが気になって調べていると、だんだん魔術への抵抗も増えていったんだとか。
それから他の攻撃も試してみれば、そんな情報が発覚した。
魔法、魔術、魔力攻撃、属性攻撃など……さまざまなジャンルで耐性が付くようだ。
「もちろん、物理攻撃の方でも同様に耐性が付いていくみたいだね。メタ的な発言をしてしまえば、成長してキメラ種への対策を重ねた者たちが飽きないようにするための仕掛けなんだろう」
《まあ、たしかに。キメラ系の魔物に通じる[称号]はもちろん、奴らに特攻を持つ武器の開発も進んでいるだろうしな》
「マスターが教わった錬金毒しかり、決して相手は万能じゃない……けど、空いた穴を塞がないほど愚かでもないってことさ」
《面倒だなぁ……けど、それがワールドクエストってことでもあるのか》
グーとはそれからさらに話し、これからの予測を聞いた。
自由民は苦労するだろうが……祈念者であれば、アレに縋りたくなるよな。
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