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偽善者と混乱の牙 三十二月目

偽善者と大規模レイド中篇 その10

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 E1 始まりの草原


 そんなわけで、縛りに若干の変更を加えて再び街を出る。
 今なおキメラ種たちが跋扈する地だが、祈念者たちが必死に戦って道を開いている。


「それじゃあさっそく──[ディー]!」

『♪』

「何か乗りやすい形になってくれるかな? あと、速い感じで」

『ウォンッ♪』


 スライムの姿から狼の姿になったディー。
 その背中に跨ると、付与魔法で俺とディーに強化系の魔法を使っておく。

 スキルの方もてんこ盛り。
 体幹などの身体系スキル、俺個人だけでなくディーごと隠せる隠蔽系スキルを起動。

 あとは模倣と再現のスキルを使って、まだ得ていない騎乗スキルを真似る。
 実際に持っているスキルだし、無くても使えるようにやり方は学んでいた。

 なお、騎乗スキルの獲得方法は、ずっと何かに乗っていること。
 派生する乗り物が制限されたスキルは、特定の何かに乗り続ければいいらしい。


「あとはこれだね──『業錬黒死カルマ』!」

『ウォフ?』

「これはキメラ種によく効く毒なんだよ。一滴上げるから、ディーも牙や爪から流し込めるようにしておいてね」

『ウォンッ♪』


 書物に記された数少ない錬金毒。
 リュシルの持つ本の中に載っていたので、面白半分で復活させてしまった。

 そんな毒を一滴、ディーに垂らす。
 すると体をブルリと震わせ、だんだん体の色を黒く染め上げていく。

 この毒の特徴は、何から何まですべてを黒く──邪に汚してしまう点。
 皮膚、血液、そして魔力……負の力で染め上げられたそれに、正常な活動は不可能。

 アンデッドなどにはもちろんのこと、最初から黒い個体──つまり邪気を帯びた魔物などにも大した効果はない。

 だがそれはない魔物、そして人族──特に聖人などには絶大な効果を発揮する。
 なので異名は『聖人殺し』、聖気を蝕む邪気以上に扱えない奴は確実に一人だと死ぬ。


「まあ、ディーはありとあらゆる因子が入っているから大丈夫。僕が倒した邪小鬼も、それ以外のいろんな邪気を使える魔物の力も使えるもんねー」

『ウォーン♪』


 ディーが狼の声帯で咆えると、黒くなっていた体はすぐに元の半透明な色へ。
 代わりに牙の部分だけが、先ほどの黒さを圧縮したような濃密な色になっている。

 爪の方にやらないのは、地面を介して広がらないようにという配慮だろう。
 そういうことができる偉い子は、頭を撫でておくのが一番だ。


『ウォフ♪』

「よーし、さっそくキメラ種で実験だ!」

『ウォンッ♪』


 奥に行くにつれて、掃討する祈念者が居なくなり目撃数が増えるキメラ種。
 草原からやや樹木が生い茂っていた辺りへ来たところで、それなりの数を発見。

 ディーに攻撃を指示すると、強化された狼の機動性でキメラ種へ近づき──噛みつく。
 その途端、毒は牙を介してキメラ種を蝕み始める。

 初めの内は特に変化は無かったが、しばらくすると黒いシミが体に出来始めた。
 普通の毒ならすぐに解毒されるが……なかなか消えず、むしろ増えていく。

 倒れ込み、何もできなくなるとそのまま体が黒に染め上げられるまでに僅か数十秒。
 キメラ種は錬金毒という天敵によって、抗うこともできず亡くなった。


「さて、本題はこれから。キメラ君たち、お仲間が死んじゃったよー」


 すぐさま彼らは、黒くなったキメラを食べ始める──そこに毒への忌避感などなく、ただある獲物を食べるという本能だけが宿っている。

 そう、本来なら強力な毒でも死体を喰らうことで、耐性を少しずつ獲得できただろう。
 しかし、これは錬金毒……人の業の深さはそんな自然淘汰の理すらも超越する。


「普通の暗殺の毒なら、使った後は分からないように証拠隠滅ーってなるけど。これを生み出した人は色んな意味で頭がおかしいよ」

『ウォフ?』

「バレなきゃセーフ、つまり場に居る奴が全員死ねば問題なし……ってね。黒は広がる、人の悪意のように」


 疫病のように蔓延するわけでも、邪気が悪さをしてアンデッドになるわけでもない。
 ただ、黒が文字通り蝕んだ個体をすべて呑み込んだ時──物理的に証拠が隠滅する。

 端的に言ってしまえば、周囲を巻き呑んで消えるのだ。
 肉体が邪気に還元され、周囲の者を諸共に巻き込んで。

 今回はキメラ種たちが食い合うので、最後の最期まではその現象は起きないだろう。
 しかし、最期の一匹になれば起きるはず、そしてその情報はどこにも届かない。


『ウォフ?』

「えっ、どうしてそんな便利な物が使われなくなったかって? それはね、これを使っても経験値が貰えないからだよ。それなら普通に暗殺した方がいいって、暗殺者からも見捨てられちゃったんだよ」

『ウォ、ウォフ!』

「うんうん、そんなこと言ってないよね。少し言いたかっただけ。これは人の負の遺産、だからヘルメスお姉さんにも教えないでおいたんだ……持っているのが分かったら、今みたいな扱いじゃすまないだろうし」


 ちゃんとギルドに居たことから、行いのすべてが悪行とされているわけではないはず。
 だが、錬金毒は基本的に所持を明らかにすれば犯罪となる。

 種類によっては死刑、祈念者の場合はしばらく牢獄のお世話になるほどだ。
 ……さすがに俺も、そこまで鬼畜では無いからな。

 ディーに跨りながら、そんなことを思いつつ目的地へ向かう。
 騎乗スキルも先ほど得たし、もっと加速して行こうか!


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